ゲーム理論の重要な考え方は、自分にとって最善の行動は、相手が何をするかによって変わるということです。企業が新製品を開発するか、価格を引き下げるか、生産設備を増強するかを決めるとき、判断の基準になるのは自社の費用や利益だけではありません。競争相手がどのように反応するかによって、同じ行動が大きな利益にも大きな損失にもなり得ます。

たとえば、ある製薬会社が新薬の開発を検討しているとします。開発に成功すれば大きな利益が得られるとしても、競合企業も同じ薬を開発すれば、価格競争が起こり、双方の利益が小さくなるかもしれません。一方、自社が開発を見送れば、競合企業に市場を独占されるおそれがあります。開発するかどうかは、競合企業の選択を考えずには決められないのです。

こうした相互依存関係を分析するのがゲーム理論です。とりわけ、少数の企業が互いの行動を意識しながら競争する寡占市場では、ゲーム理論が企業行動を理解するための重要な道具になります。

Contents

1. ゲーム理論とは何か

自分だけの最適化では説明できない企業行動

ミクロ経済学では、企業が利潤を最大化するように生産量や価格を決めると考えます。しかし、競争相手が存在する市場では、自社の判断だけで結果が決まるわけではありません。

たとえば、ある企業が値下げをすれば、顧客を獲得して売上を伸ばせる可能性があります。しかし、ライバル企業も値下げすれば、顧客を奪う効果は小さくなり、双方の利益が減少するかもしれません。逆に、ライバルが値下げしないと予想できれば、自社の値下げは有利に働く可能性があります。

つまり、企業は自社の行動がもたらす直接的な効果だけでなく、相手の反応まで考慮して意思決定します。ゲーム理論は、こうした戦略的な相互依存関係を分析する理論です。

ここでいう「ゲーム」は、娯楽としてのゲームに限りません。企業間競争、価格交渉、入札、政治的な駆け引き、資源の利用など、複数の主体が互いの行動を考慮して意思決定する状況を広く指します。

ゲーム理論で明らかにしたいこと

ゲーム理論が知ろうとするのは、各主体がどのような行動を選び、その結果としてどのような状態が実現するかということです。相手の行動を予想し、自分の利益を考え、さらに相手も同じように考えるという連鎖を分析します。

産業組織論では、この考え方を使って、企業がなぜ特定の価格を設定するのか、なぜ競合企業がいるのに設備投資を進めるのか、なぜ企業同士が価格競争を避けようとするのか、といった問題を考えます。

2. ゲームを構成する要素――プレーヤー、戦略、利得

ゲーム理論では、複雑な現実の状況を、いくつかの基本要素に整理して分析します。

プレーヤーとは誰か

プレーヤーとは、意思決定を行う主体です。企業間競争であれば企業Aと企業B、交渉であれば売り手と買い手、入札であれば複数の入札者がプレーヤーになります。

重要なのは、プレーヤーが自分の行動を選ぶだけでなく、ほかのプレーヤーも自分とは別に意思決定するという点です。自分の選択だけを分析する場合とは異なり、相手の判断を考慮しなければなりません。

戦略とは何か

戦略とは、プレーヤーが選択できる行動、あるいは状況に応じてどのように行動するかを定めた計画です。

企業であれば、「新製品を開発するか、開発しないか」「価格を維持するか、値下げするか」「生産量を増やすか、現状を維持するか」といった選択が戦略になります。

ただし、戦略は必ずしも一つの行動だけを意味しません。相手の行動やゲームの進行状況によって選択が変わる場合には、それぞれの状況で何をするかを定めた行動計画全体が戦略になります。

利得とは何か

利得(ペイオフ)とは、ある戦略の組み合わせが実現したときに、それぞれのプレーヤーが得る利益や損失を表すものです。企業の分析では利潤を使うことが多いものの、必ずしも金銭だけに限られません。目的に応じて、費用、効用、勝敗などを表すこともできます。

たとえば、新薬を開発する企業が2社ある場合、各社の利益は、自社が開発するかどうかだけでなく、相手が開発するかどうかにも左右されます。そのため、ゲーム理論では「どの戦略を選ぶと、どのような結果になるか」を対応づけて整理します。

利得表で戦略の組み合わせを整理する

2社がそれぞれ「開発する」「開発しない」の2つから選ぶなら、組み合わせは4通りです。これを行列で示したものが利得表です。

企業B:開発する企業B:開発しない
企業A:開発する双方が開発した場合の利得Aだけが開発した場合の利得
企業A:開発しないBだけが開発した場合の利得双方が開発しない場合の利得

各マスには、企業Aと企業Bそれぞれの利得を記入します。こうすると、相手の選択によって自社の利益がどう変わるのかを比較できます。

利得表は、企業同士の駆け引きを見える形にする道具です。現実の競争を単純化する代わりに、どの選択がどの結果につながるのかを明確にできます。

3. ゲームの表し方と分類――同時に決めるか、順番に決めるか

同時手番ゲームと手番ゲーム

ゲームを分析するときには、プレーヤーがいつ行動を決めるのかが重要です。

同時手番ゲームとは、プレーヤーが相手の今回の選択を知らないまま、自分の行動を決めるゲームです。実際に同じ瞬間に決定する必要はありません。相手の選択を確認できない状態で意思決定することがポイントです。企業同士が相手の価格設定を知らないまま価格を決める状況などが該当します。

これに対して、手番ゲームでは、先に行動するプレーヤーと、その行動を見てから決めるプレーヤーがいます。たとえば、ある企業が先に市場へ参入し、その後、既存企業が価格を設定する場合です。後から決定する企業は、先行企業の行動を踏まえて自社の対応を選べます。

この違いは、企業の戦略を考えるうえで大きな意味を持ちます。同時手番ゲームでは相手の行動を予想することが中心になりますが、手番ゲームでは、相手がどのように反応するかを見越して先に行動することが重要になります。

戦略形と展開形

同時手番ゲームなどでは、プレーヤーの選択肢と、それぞれの組み合わせによる利得を行列で表す方法が便利です。これを戦略形と呼びます。

一方、手番ゲームのように行動の順序が重要な場合には、ゲームがどのような順番で進むのかを枝分かれする図で示します。これが展開形であり、図は「ゲームの樹」と呼ばれます。

ゲームの樹では、意思決定を行う地点をノード、選択可能な行動を枝、最終的な結果を終点として表します。誰がいつ決定し、その時点でどの情報を知っているのかを整理できるため、順番のある競争を分析するのに適しています。

静学的ゲームと動学的ゲーム

一度の意思決定で結果が決まるゲームは、静学的ゲーム、あるいはワンショット・ゲームと呼ばれます。これに対して、複数の段階を経てゲームが進むものは動学的ゲームです。

企業が最初に生産設備への投資を決め、その後で生産量や価格を決定するケースを考えてみましょう。最初の設備投資によって、その後の生産能力や費用が変わります。つまり、最初の行動が後続のゲームの条件を変えるのです。

また、同じゲームが繰り返される場合は、繰返しゲームと呼ばれます。企業間の関係が一度きりなのか、長期にわたって続くのかによって、適切な戦略が変わることがあります。

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4. 支配する戦略――相手が何をしても有利な選択

支配戦略と被支配戦略

ゲームのなかには、相手がどの戦略を選んでも、自分にとって常に有利な戦略が存在する場合があります。これを支配する戦略と呼びます。反対に、別の戦略と比べて、どのような相手の行動に対しても不利になる戦略は、支配される戦略です。

たとえば、企業Aが「広告を増やす」「広告を増やさない」という2つの選択肢を持っているとします。競合企業Bが広告を増やす場合でも増やさない場合でも、Aにとって広告を増やしたほうが必ず利益が大きいのであれば、広告を増やすことがAの支配戦略になります。

この場合、AはBの選択を正確に予想できなくても、広告を増やすと判断できます。相手の行動に関係なく有利だからです。

支配される戦略が見つかった場合は、それを選択肢から除外して考えることができます。相手も合理的に判断すると考えれば、わざわざ不利な戦略を選ぶ理由がないためです。こうして選択肢を減らすことで、ゲームの結果を導きやすくなります。

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新薬開発競争に見る戦略的な判断

新薬の開発には大きな費用がかかりますが、開発に成功すれば高い利益を得られる可能性があります。競争相手も開発を検討しているとき、各社は相手の選択を考えながら判断しなければなりません。

この例では、企業Bにとって「開発する」ことが「開発しない」ことを支配する戦略になっています。企業Aが開発する場合でも、開発しない場合でも、Bは開発したほうが高い利潤を得られるからです。そのため、Bは開発を選ぶと予想できます。

Aはそのことを見越して、自社が開発した場合と開発しなかった場合の利益を比較します。相手が開発することを前提にすると、Aは開発を見送るほうが損失を避けられるため、「開発しない」を選ぶことになります。結果として、Bが開発し、Aが開発しないという組み合わせが導かれます。

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ここで大切なのは、企業Aが単純に自社の開発費だけを見て判断しているのではないということです。Bの選択を予想し、その予想を踏まえて自社の行動を決めています。これが戦略的な意思決定です。

5. 囚人のジレンマ――合理的な選択が望ましくない結果を生む

なぜ双方にとってよい結果が実現しないのか

ゲーム理論の代表的な例が、囚人のジレンマです。これは、各プレーヤーが自分にとって合理的な選択をした結果、双方にとってより望ましい結果が実現しなくなる状況を指します。

よく知られた設定では、2人の容疑者が別々に取り調べを受け、それぞれ「自白する」か「否認する」かを選ばなければなりません。相手の選択を知ることはできず、事前の約束が守られる保証もありません。

B:否認B:自白
A:否認2人とも釈放されるAは重い刑、Bは減刑などの利益を得る
A:自白Aは減刑などの利益を得る、Bは重い刑2人とも比較的軽い刑を受ける

この表は結果の関係を示した簡略版です。実際の利得表では、各結果を数値化し、どちらがどれだけ望ましいかを明確にします。

相手が否認する場合、自分だけが自白すれば利益を得られます。相手が自白する場合、自分も自白すれば、否認した場合より重い刑を避けられます。そのため、相手がどちらを選んでも、自分にとっては自白するほうが有利になります。

この構造が2人に共通していると、双方が自白する結果になります。しかし、双方が否認していれば、2人とも釈放される可能性があったのです。個々のプレーヤーにとって合理的な選択が、全体としては望ましくない結果を生んでしまいます。

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企業間競争でも囚人のジレンマは起こる

囚人のジレンマは、犯罪捜査に限られた話ではありません。企業間の価格競争にも、同じ構造が現れます。

2社が高い価格を維持できれば、双方が十分な利益を確保できるとします。しかし、一方の企業が値下げすれば、相手の顧客を獲得して利益を増やせるかもしれません。相手も同じように考えれば、双方が値下げし、最終的には両社の利益が減ってしまいます。

水産資源の乱獲も、同じ考え方で理解できます。漁業者が協力して漁獲量を抑えれば、資源を維持して長期的な利益を守れます。しかし、ほかの漁業者が漁獲を増やす可能性があるなら、自分だけが漁獲を抑えることに不安が生じます。各主体が自分の利益を優先すると、全体として資源が失われる結果になり得ます。

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協調を促す仕組みはつくれるか

囚人のジレンマが示すのは、協力が望ましいと分かっていても、個々の主体が協力するとは限らないということです。協力を呼びかけるだけでは、裏切る誘因をなくせない場合があります。

そこで重要になるのが、制度や仕組みの設計です。たとえば、カルテルに参加した企業が違反を自主申告した場合に課徴金を減免する「リニエンシー制度」は、談合に参加した企業が他社より先に申告する誘因をつくる仕組みです。談合への参加を続けるより、先に申告したほうが有利になる状況をつくることで、企業間の協調を崩し、談合の発見や抑止につなげようとします。

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6. バックワード・インダクション――最後の行動から逆算する

ゲームの終わりから考える

支配戦略が存在しないゲームでは、別の解き方が必要です。そこで使われるのが、**バックワード・インダクション(後ろ向き帰納法)**です。

これは、手番ゲームを最後の意思決定段階から検討し、そこから一つずつ前の段階へさかのぼって考える方法です。最終段階で各プレーヤーが合理的に何を選ぶかを予測できれば、その予測を前提として、先に行動するプレーヤーの判断を考えられます。

たとえば、ある新規企業が市場に参入するかどうかを検討しているとします。参入後、既存企業は「価格を大きく引き下げる」か「通常の価格を維持する」かを選ぶことができます。

最初に考えるべきなのは、参入が起きた後の既存企業の判断です。価格を大きく引き下げると既存企業自身の利益も大きく減るのであれば、既存企業は通常の価格を維持するかもしれません。新規企業はその反応を予想し、参入した場合に利益が得られるかを判断します。

このように、先行企業の意思決定を理解するには、後続企業が実際にどのような行動を選ぶかを分析する必要があります。

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脅しは本当に有効なのか

ゲーム理論では、相手を思いとどまらせるための脅しが、常に有効だとは限りません。

既存企業が「新規企業が参入したら、徹底的な値下げで対抗する」と宣言したとします。この宣言によって新規企業が参入を見送れば、既存企業は値下げを実行する必要がありません。しかし、実際に参入された場合、値下げによって既存企業自身も大きな損失を被るのであれば、宣言どおりに行動するとは限りません。

こうした脅しは、相手が参入した後の状況で合理的ではないなら、信頼できる脅しとはいえません。単に強い言葉で宣言するだけでは、相手の判断を変えられないのです。

一方、事前の設備投資によって低い費用で大量生産できるようにしておけば、参入後に低価格で販売することが既存企業にとっても合理的になる場合があります。このように、将来の行動を変える条件を先に整えることは、単なる脅しとは異なります。

7. ナッシュ均衡――誰も一方的に行動を変えたくない状態

ナッシュ均衡とは何か

支配戦略や後ろ向き帰納法で簡単に解けるゲームは限られています。そこで、より広い範囲のゲームを分析するために用いられるのが、ナッシュ均衡です。

ナッシュ均衡とは、ほかのプレーヤーの戦略を所与としたとき、どのプレーヤーも自分だけが戦略を変更して利益を高めることができない状態です。言い換えれば、全員が相手の選択を踏まえて自分にとって最適な行動を選んでおり、誰も一方的に変更する誘因を持たない状態です。

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ここで注意したいのは、ナッシュ均衡が「全員にとって最も望ましい結果」を意味するわけではないということです。囚人のジレンマでは、双方が自白する結果がナッシュ均衡になります。しかし、双方が否認する結果のほうが、2人にとって望ましい可能性があります。

つまり、ナッシュ均衡が示すのは、各人が自分だけで行動を変えても得をしないという安定性です。全員の利益の合計が最大になるかどうか、社会全体にとって望ましいかどうかは、別の問題です。

最適反応から均衡を探す

ナッシュ均衡を探す際には、相手の行動を固定したとき、自分にとって最も有利な行動は何かを考えます。これを最適反応と呼びます。

企業Aが価格を設定する場合、企業Bが高価格を維持するなら、自社はどの価格を選ぶのが有利か。企業Bが値下げするなら、自社はどの価格を選ぶのが有利か。こうした比較を企業Aと企業Bの双方について行います。

双方の戦略が互いに最適反応になっている組み合わせが、ナッシュ均衡の候補です。複数の均衡が存在する場合もあれば、純粋戦略による均衡が見つからない場合もあります。ゲームの構造によって、解の形は異なります。

ナッシュ均衡には限界もある

ナッシュ均衡が見つかったとしても、それだけですべてが分かるわけではありません。均衡が複数存在する場合、どの均衡が実現するのかを別途考える必要があります。また、プレーヤーが一方的に戦略を変更する誘因がないという性質は、プレーヤー全員が協力して戦略を変更した場合にも利益が増えないことを保証しません。

さらに、手番ゲームでは、ゲーム全体としてナッシュ均衡になっていても、途中の段階で実行する合理性のない脅しが含まれる場合があります。こうした問題を扱うために、サブゲーム完全均衡という考え方が使われます。これは、ゲーム全体だけでなく、途中から始まる各サブゲームでもナッシュ均衡が成立することを求める概念です。

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8. 繰返しゲーム――長期的な関係は協調を可能にするか

一度きりの競争と、何度も続く競争

企業同士が一度だけ取引する場合と、長期間にわたって取引を続ける場合とでは、戦略が変わる可能性があります。

一度きりのゲームでは、相手が協力してくれるかどうか分からないとき、自分の利益を優先する行動が有利になる場合があります。しかし、同じ相手と何度も取引するのであれば、目先の利益を得るために相手を裏切ることが、将来の取引機会を失う原因になるかもしれません。

たとえば、2社が何度も競争する市場では、片方が突然値下げをすれば、もう片方も次の段階で値下げして対抗する可能性があります。短期的には顧客を獲得できても、長期的には双方の利益が低下することがあります。

このように、過去の行動が将来の対応に影響するゲームを繰返しゲームと呼びます。企業が長期的な関係を考慮することで、短期的な利益だけを追求する場合とは異なる行動を選ぶ可能性があります。

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協調が続くための条件

繰返しゲームで協調が成立するかどうかは、将来の利益をどの程度重視するか、相手の行動をどれほど正確に観察できるか、裏切りに対してどのような対応を取れるかなどに左右されます。

将来の取引から得られる利益が大きければ、目先の利益のために協調を破ることは魅力的ではなくなります。反対に、取引が今回限りであったり、相手がすぐに市場から退出すると考えられたりする場合には、長期的な協調を維持する誘因は弱くなります。

ただし、繰返しゲームがあるからといって、企業間協調が必ず成立するわけではありません。企業間の協調が競争を制限し、消費者に不利益を与える場合には、独占禁止政策の観点からも検討が必要です。

9. 不完備情報ゲーム――相手のことをすべて知っているとは限らない

相手の費用や能力が分からない場合

実際の企業間競争では、相手の価格や生産量だけでなく、相手の費用、技術力、経営方針などを正確に把握できないことがあります。こうした情報の不足も、戦略的な意思決定を複雑にします。

たとえば、新規企業が市場参入を検討しているとき、既存企業の生産費用が低いのか高いのかを知らない場合があります。既存企業の費用が低ければ、価格競争で対抗される可能性が高くなります。一方、費用が高いのであれば、新規企業が参入しても利益を確保できるかもしれません。

新規企業は、既存企業の費用を確実に知らないまま、その可能性を考慮して参入するかどうかを決める必要があります。こうした状況を分析するのが、不完備情報ゲームです。

ベイジアン完全均衡の考え方

不完備情報ゲームでは、プレーヤーが相手について持っている情報や、その情報に基づく予想が重要になります。プレーヤーは、相手がどのようなタイプなのかについて一定の予想を持ち、その予想に基づいて戦略を選びます。

このようなゲームを分析するための概念に、ベイジアン完全均衡があります。相手のタイプに関する予想と、各プレーヤーの戦略が整合的になっている状態を分析するものです。相手の情報が不完全な状況でも、合理的な行動と予想の関係を整理できます。

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10. ゲーム理論を産業組織論に活用する

企業の戦略を相互依存関係から理解する

ゲーム理論を学ぶ意義は、企業が単に費用を抑え、売上を増やそうとしているだけではないことを理解できる点にあります。企業は、競合企業が何をしそうか、自社の行動が相手にどのような反応を引き起こすか、さらにその反応が自社にどのような影響を与えるかを考えています。

たとえば、新規参入を考える企業は、参入後の競争だけでなく、既存企業の反応を予想します。既存企業は、参入を阻止するために価格や設備投資をどうするかを考えます。双方の戦略は、相手の行動予想によって変わります。

価格競争、研究開発競争、設備投資、企業間協調、参入阻止など、産業組織論の主要なテーマは、ゲーム理論を使うことで、企業同士の相互作用として分析できます。

理論上の均衡と現実の市場を区別する

ゲーム理論は、企業の行動を予測するうえで有用ですが、分析結果を現実にそのまま当てはめられるとは限りません。実際の企業は、相手の情報を完全に持っているわけではなく、将来の需要や技術変化も不確実です。また、企業の判断には組織内部の事情や経営者の認識も影響します。

したがって、ゲーム理論を使う際には、まずプレーヤー、戦略、利得、行動の順序、情報の条件を整理し、そのうえでどのような均衡が導かれるかを考える必要があります。前提条件が変われば、予測される結果も変わるからです。

11. まとめ――企業競争は、相手の行動を考えることで見えてくる

ゲーム理論は、複数の主体が互いの行動を考慮して意思決定する状況を分析する理論です。プレーヤー、戦略、利得を整理し、利得表やゲームの樹を使うことで、企業間の競争や交渉の仕組みを見える形にできます。

支配戦略がある場合には、相手の選択にかかわらず有利な行動を見つけられます。囚人のジレンマは、個々の主体にとって合理的な選択が、全体として望ましくない結果につながることを示します。手番ゲームでは、バックワード・インダクションによって最後の段階から行動を逆算し、ナッシュ均衡によって誰も一方的に戦略を変更する誘因を持たない状態を探します。

さらに、同じ相手との競争が繰り返される場合には長期的な関係が戦略に影響し、相手の費用や能力が分からない場合には、不完備情報ゲームとして分析する必要があります。

産業組織論にとって、ゲーム理論は単なる数学的な道具ではありません。企業がなぜ値下げをするのか、なぜ投資を先行させるのか、なぜ協調が崩れるのか、なぜ脅しが効かないことがあるのかを理解するための視点です。企業の行動を理解するには、その企業だけを見るのではなく、競争相手との関係を含めて考える必要があるのです。