工業社会からポスト工業社会への移行は、単に工場が減り、サービス業が増えるという産業構造の変化ではありません。人々がどのような仕事に就くのか、どのような技能が求められるのか、家庭で誰が家事や育児を担うのか、そして社会保障が雇用をどのように支えるのかまで、社会の仕組み全体を変えていきます。

戦後の工業社会では、大量生産を支える工場労働者が経済の中心的な存在でした。生産ラインでは多くの人が働き、賃金を得て、家族を養い、消費者として経済を支えました。ところが、技術革新や国際競争によって工場の仕事が減り、雇用の中心がサービス経済へ移ると、以前と同じ方法で仕事を増やすことが難しくなります。

ここに、ポスト工業社会の大きな矛盾があります。社会全体は豊かになり、技術も進歩しているのに、安定した仕事を得られない人が生まれるのです。専門知識を持つ人や高度な技能を持つ人には新たな機会が広がる一方、従来の工場労働者や経験の少ない若者、仕事と家庭の両立に制約を抱える人々は、失業や低賃金に直面することがあります。

この問題を理解するためには、グローバル化や技術革新だけでなく、サービス産業の生産性、所得格差、家庭の時間的制約、福祉国家の制度を結びつけて考えなければなりません。雇用は企業の採用活動だけで決まるのではなく、人々がどのように暮らし、何にお金を使い、誰が家事や介護を担うのかという日常生活の構造にも左右されているからです。

Contents

1. 工業社会からポスト工業社会へ――雇用の仕組みが変わる

工場が雇用を吸収した時代

戦後の経済成長期には、工業生産の拡大が大量の雇用を生み出しました。自動車、家電、鉄鋼、機械などの製造業では、工程を細かく分け、多くの労働者が協力して製品を大量に生産しました。

大量生産方式は、製品を安く供給するだけでなく、多くの人に仕事を与える仕組みでもありました。農業から移ってきた人々や、特別な専門資格を持たない人々も、工場で働きながら所得を得て、生活を安定させることができました。生産性の向上によって企業が成長し、賃金が上昇し、消費が拡大するという循環も生まれました。

ただし、戦後の雇用の安定は、経済政策だけで実現したわけではありません。人口構成、女性の就業率、農業人口の減少、生産性の上昇など、複数の条件が重なっていました。とりわけ、男性が主な稼ぎ手となり、女性が家事や育児を担う世帯モデルは、家庭内の無償労働によって労働者の生活を支えていました。

このモデルは、工業社会の雇用と家庭生活を結びつける重要な仕組みでした。しかし、女性の就業が拡大し、家族の形が多様化するにつれて、従来の役割分担を前提とした雇用制度では対応しにくい問題が増えていきます。

工業の雇用が減っても、同じ数の仕事がサービス業で生まれるとは限らない

工業化が進んだ社会では、工場の仕事が減っても、新しい産業がそれを補うという期待がありました。実際、サービス業の拡大は、製造業で失われた雇用を補う重要な役割を果たしてきました。

しかし、サービス業が増えれば、必ず同じ数だけ安定した雇用が生まれるわけではありません。工場では機械化によって生産量を増やしながら、必要な労働者数を減らすことができます。一方、介護、保育、接客、清掃などでは、人が直接サービスを提供する必要があり、機械化だけで労働時間を大幅に減らすことが難しい場合があります。

さらに、サービス業には、高度な専門知識を必要とする仕事から、短期間の訓練で始められる仕事まで、さまざまな職種が含まれます。したがって、サービス雇用の増加が、専門職の増加につながるのか、それとも低賃金の仕事の増加につながるのかによって、社会への影響は大きく異なります。

雇用と失業の違いは、国ごとの制度によっても生まれる

国際比較では、米国のような市場の柔軟性を重視する国と、ヨーロッパのように労働者保護や社会保障を重視する国が対比されることがあります。しかし、単純に「規制が少ない国ほど雇用が増え、規制が多い国ほど失業が増える」と結論づけることはできません。

実際に、規制が比較的強い国でも雇用実績が良好な場合があり、規制緩和を進めた国でも失業が深刻になる場合があります。国によって産業構造、人口の変化、労使関係、教育制度、社会保障制度が異なるためです。

重要なのは、雇用の増加率だけでなく、失業がどれほど長期化するか、若者が仕事に就けるか、女性が就業を続けられるか、低賃金の仕事に人々が固定されないかを合わせて見ることです。仕事が生まれることと、誰もが安定した仕事に参加できることは、同じ問題ではありません。

2. グローバル化と技術革新――誰の仕事が失われるのか

国際競争は、工業雇用の変化を加速させる

グローバル化が進むと、企業は国内だけでなく、世界各地の企業や労働者と競争するようになります。賃金の低い国で製造した製品が輸入されれば、先進国の企業は価格や生産方法を見直さなければなりません。生産拠点を海外へ移す企業もあれば、国内工場の自動化や省人化を進める企業もあります。

この変化は、特に低技能の工業労働者に厳しい影響を及ぼすことがあります。従来は工場で安定した仕事を得られた人でも、工場の縮小や閉鎖によって、同じ地域で同じような賃金を得られる仕事を見つけにくくなるからです。

ただし、工業雇用の減少をすべて海外との競争の結果とみなすのは適切ではありません。国際貿易による影響がある一方で、技術革新や産業構造の変化によって仕事そのものが不要になる場合もあります。海外との競争による雇用の喪失と、国内の生産方式の変化による雇用の喪失を区別する必要があります。

技術革新は、単純作業への需要を減らす

雇用の構造を変えるうえで、とりわけ重要なのが技術革新です。自動化された生産設備や情報技術は、以前は多くの人手を必要としていた作業を少ない人数で実行できるようにします。

このとき、影響を受けるのは、必ずしも技能の低い仕事だけではありません。一定の手順を繰り返す熟練作業も、技術によって代替される場合があります。一方、機械の設計、システムの管理、品質保証、顧客への複雑な対応など、人間の判断や専門知識が求められる仕事は、相対的に重要性を増す可能性があります。

その結果、教育や訓練を受けて高度な技能を持つ人には新しい機会が広がる一方、従来の技能を新しい仕事に結びつけにくい人は不利な立場に置かれます。失業は本人の努力不足だけで説明できるものではなく、経済の側が求める技能と、働く人が持っている技能との間に生じる構造的なずれでもあるのです。

グローバル化よりも、構造変化そのものが重要な場合がある

国際競争を強調しすぎると、雇用問題の本質を見失うことがあります。製品の生産が海外へ移ることだけでなく、技術の進歩によって従来の生産方法が不要になることも、雇用の大きな変化を引き起こすからです。

工業社会で多くの労働者を必要とした仕事が減少し、その仕事をサービス業が引き継ぐとしても、そこで必要とされる技能や働き方は異なります。工場で長年働いた経験が、そのまま介護、販売、事務、専門サービスなどの仕事に活用できるとは限りません。

このため、失業問題への対応には、雇用を守るだけでなく、仕事を失った人が別の職業へ移れるようにする教育や職業訓練、所得保障が必要になります。産業構造が変わる社会では、仕事を失わないことだけでなく、仕事を失った後に再び働けることも、生活保障の重要な条件になります。

3. サービス経済の拡大――「サービス業が増える」とはどういうことか

サービスは、単なる工業の代わりではない

サービスとは、一般に、物品そのものを生産することよりも、人の活動や知識を通じて価値を提供する仕事を指します。小売業や飲食業、金融、教育、医療、介護、情報サービス、専門的なコンサルティングなど、非常に幅広い活動が含まれます。

サービスの特徴は、顧客の必要に応じて提供されることが多く、提供する人の技能や判断、顧客との関係が価値を左右しやすい点にあります。たとえば、同じ「教育サービス」でも、決まった教材を配布するだけの場合と、学習者の理解度に応じて指導方法を変える場合とでは、求められる技能が異なります。介護でも、決められた作業をこなすだけでなく、利用者の身体状況や意思を理解し、その場に応じて支援を調整する能力が求められます。

こうした仕事は、工業製品のように生産工程を細かく分割し、機械で処理すれば同じ成果を得られるとは限りません。サービス経済が拡大することは、単に経済活動の場所が工場からオフィスや店舗へ移ることではなく、人間の知識、判断、対人関係が経済において占める位置が変わることでもあります。

サービス部門には、異なる性格の仕事が混在している

サービス業を一つのまとまりとして考えると、雇用の変化を正しく理解できません。サービス部門には、高度な教育や専門資格を必要とする仕事もあれば、比較的短い訓練で就ける仕事もあるからです。

専門職には、医師、研究者、法律家、経営・技術の専門家などが含まれます。専門知識を使って判断し、複雑な問題を解決することが主な役割です。準専門職には、看護師、教師、技術者、ソーシャルワーカーなど、一定の専門教育や資格、実務能力を必要とする職種が含まれます。

また、熟練サービス職には、美容師など特定の技能を必要とする仕事があります。一方、不熟練サービス職には、特別な資格を必須としない清掃、給仕、ホテルの補助業務などが含まれます。もちろん、資格が必要ないからといって、仕事に技能や経験が必要ないという意味ではありません。

この違いは、サービス経済が拡大したときに何が起こるかを理解するうえで重要です。専門職が増えれば、教育や資格を通じた上昇移動の機会が広がる可能性があります。しかし、低賃金のサービス職が大きく増える場合には、雇用が増えても、所得や生活の安定が十分に確保されない人が増えるかもしれません。

サービス経済は、中間的な仕事を減らし、職業を二極化させるのか

工業社会では、工場労働者を中心に、一定の技能と安定した賃金を持つ雇用が広がりました。これに対してポスト工業社会では、高度な知識を使う仕事と、比較的低い賃金で労働集約的なサービスを提供する仕事の双方が増え、中間的な職業の比重が小さくなる可能性があります。

たとえば、専門的なシステム設計や経営支援などの仕事が増える一方で、飲食店、ホテル、清掃などの仕事も必要になります。ところが、その間に位置していた従来型の製造業の仕事が減少すると、職業構造全体の格差が広がりやすくなります。

ただし、職業の二極化は、すべての国で同じように起きるわけではありません。専門職を中心に雇用が拡大する国もあれば、低賃金のサービス職が大きな割合を占める国もあります。福祉国家や教育制度、労使関係、サービスの提供方法によって、雇用構造は変わります。

4. 雇用を増やすと、低賃金の仕事も増えてしまうのか

「平等か雇用か」という二者択一

ポスト工業社会の雇用問題には、難しい選択があるように見えます。賃金を高く保ち、格差を小さくしようとすれば、サービスを提供するための費用が高くなり、企業が雇用を増やしにくくなるかもしれません。反対に、サービスの価格を下げ、雇用を増やそうとすれば、賃金を低く抑える必要が生じ、所得格差が拡大する可能性があります。

この緊張関係が、「平等か雇用か」という二者択一です。米国のように市場を通じた低賃金サービスが広がる社会では、多くの人が仕事に就ける一方で、低賃金や不安定な雇用が問題になりやすくなります。賃金格差を小さくし、労働者を保護する制度が強い社会では、雇用の質を保ちやすい反面、民間市場で提供されるサービスの価格が高くなり、雇用の拡大が制約される可能性があります。

しかし、これは避けられない二者択一なのでしょうか。雇用を増やすためには必ず賃金格差を広げなければならないのでしょうか。あるいは、格差を小さくするためには、雇用の増加をあきらめなければならないのでしょうか。

重要なのは、雇用の数と質を決める条件が、賃金だけではないということです。保育や介護などのサービスを公的に提供するのか、職業訓練によって技能を高めるのか、失業者が別の仕事へ移れるよう支援するのかによって、雇用と平等の関係は変わり得ます。

「インサイダー」と「アウトサイダー」の分断

雇用をめぐる格差を考えるうえでは、すでに安定した仕事を持つ人と、労働市場から排除されやすい人との違いも重要です。

インサイダーとは、雇用を確保し、雇用保護や賃金制度の恩恵を受けている労働者を指します。これに対してアウトサイダーとは、失業者や長期失業者、安定した仕事に就けない若者など、労働市場の中心から外れやすい人々を指します。

雇用保護が強いことは、すでに働いている人の生活を守るうえで重要です。しかし、企業が新しい人を採用する際の負担やリスクが大きければ、企業は採用を慎重にし、安定した雇用を持つ人と、仕事を得られない人との間に分断が生じる可能性があります。

つまり、労働者を保護する制度が、すべての労働者に同じように利益をもたらすとは限りません。すでに雇用されている人を守ることと、まだ雇用されていない人に機会を開くことの両方が必要です。

この問題は、若者の失業や非正規雇用の固定化を考える際にも重要です。雇用の質を維持することと、新しい人が仕事に入れるようにすることを、対立する目標としてではなく、同時に実現する課題として捉える必要があります。

5. サービス経済の「コスト病」――なぜ介護や保育の費用は下がりにくいのか

製造業とサービス業では、生産性の伸び方が違う

サービス経済の雇用を理解するうえで重要なのが、「コスト病」という考え方です。経済学者ウィリアム・ボーモルらによって論じられたこの問題は、製造業とサービス業の間で生産性の伸び方が異なることから生じます。

製造業では、機械や生産工程の改善によって、一人の労働者が短い時間でより多くの製品を生産できるようになります。以前は一台の製品をつくるのに多くの時間が必要だったとしても、設備の進歩によって必要な労働時間を減らすことができます。

一方、サービス業では、同じような生産性向上が難しい場合があります。たとえば、介護職員が利用者の話を聞き、食事や移動を支援する時間を、工場の生産ラインと同じように大幅に短縮することはできません。保育でも、子ども一人ひとりの安全や発達に配慮するために必要な時間があります。演奏や舞台芸術なども、質を保ちながら演奏時間そのものを大幅に短くすることは困難です。

その結果、製造業では生産性が上がって賃金や生産量を増やせても、サービス業では同じ速度で生産性を高めにくいことがあります。しかし、サービス業の労働者も、生活するためには経済全体の賃金水準に見合う報酬を必要とします。サービスの生産性が伸びにくい一方で賃金が上昇すれば、サービスの提供費用は相対的に高くなりやすいのです。

洗濯機が普及しても、洗濯サービスの価格が下がるとは限らない

この問題は、家庭の洗濯を例にするとわかりやすくなります。洗濯機の性能が向上すれば、家庭では以前より少ない手間で洗濯ができるようになります。しかし、洗濯代行サービスの価格が同じ割合で下がるとは限りません。

洗濯サービスでは、衣類を受け取り、洗い、乾燥させ、仕上げ、返却するために人の作業が必要です。設備の改善によって効率を高めることはできますが、労働そのものを完全に省くことはできません。賃金が上がれば、サービスの価格も上昇しやすくなります。

そのため、洗濯代行を利用するより、自宅で洗濯機を使う方が安くなる場合があります。家庭用の機器が普及するほど、家事を市場のサービスとして購入するよりも、自分で行う方が経済的になることがあるのです。

介護や保育でも、似た問題が生じます。サービスの質を維持するには一定の人手が必要ですが、その人手に適切な賃金を支払えば、サービスの価格は高くなりやすくなります。価格が高くなれば、利用したくても利用できない家庭が増える可能性があります。

コスト病にどう対応するか――三つの道

サービスの生産性が伸びにくいとき、社会には大きく三つの対応が考えられます。

第一は、市場の価格調整に委ねる方法です。サービスの価格を下げるために賃金を抑え、雇用を増やしやすくします。しかし、これでは低賃金労働者が増え、働いていても貧困から抜け出せない人が生まれるおそれがあります。

第二は、サービス業の賃金を経済全体の賃金水準に合わせる方法です。労働者の所得を確保しやすくなる一方で、価格が高くなり、民間市場では採算を取れないサービスが増える可能性があります。保育や介護など、社会的に必要なサービスが、価格の高さによって十分に供給されないという問題が起こり得ます。

第三は、政府がサービスを直接提供したり、利用者や事業者に補助を行ったりする方法です。公的な保育や介護サービスを整備すれば、家庭が負担する価格を抑えながら、労働者に賃金を支払うことができます。その費用は税金などを通じて社会全体で分担することになります。

この第三の方法は、サービスの価格だけでは解決できない問題に対応する手段です。ただし、財源の確保やサービスの質の維持、必要な人材の確保が課題になります。公的支援をどこまで行うかは、社会がどの程度の連帯を重視し、どのように費用を分担するかという政治的な選択にも関わっています。

コスト病は、福祉と雇用の両方を左右する

介護や保育の費用が高く、利用しにくければ、家族がその役割を担わなければならなくなります。家族が育児や介護に多くの時間を使えば、仕事に就いたり、働く時間を増やしたりすることが難しくなります。

反対に、社会サービスを利用しやすくすれば、家族の時間的な負担が軽くなり、就業を続けやすくなる可能性があります。また、保育士や介護職員などの雇用も生まれます。

したがって、コスト病は、サービス業の価格だけに関わる問題ではありません。サービスをどのように提供するかによって、家族の生活、女性の就業、雇用全体の規模、社会保障のあり方まで変わるのです。

6. 家庭は、サービス経済の需要と雇用を生み出す

家計の支出が、どのような仕事が増えるかを左右する

雇用は、企業がどのような商品やサービスを売ろうとしているかによっても決まります。そして、その商品やサービスを買うのは、家庭を含む消費者です。

家庭が何にお金を使うかは、主に所得の水準、相対価格、時間的な制約によって変わります。所得が増えれば、食料や住居などの基本的な支出だけでなく、外食、旅行、娯楽、個人向けサービスなどにお金を使う余地が広がります。こうした消費の変化は、サービス産業の成長を促す要因になります。

しかし、所得が増えたとしても、その恩恵が一部の人々に集中すれば、社会全体のサービス需要が幅広く増えるとは限りません。高所得者が高級なサービスを多く購入する一方で、多くの人々の所得が伸びなければ、消費の拡大は限られた層に偏る可能性があります。

所得の分配は、どのようなサービスが市場で成り立つかにも影響します。多くの人がサービスを購入できる社会と、一部の富裕層がサービスを購入し、多くの低所得者が低賃金でそれを提供する社会とでは、雇用の構造が異なってきます。

家庭には「時間が足りない」という制約がある

家庭の消費を考えるうえで、所得だけでなく時間も重要です。食事を用意する、洗濯をする、子どもの世話をする、高齢の家族を介護するといった活動には、時間が必要です。

一人暮らしの人、ひとり親家庭、共働き家庭では、家事や生活上の責任を担いながら、仕事や余暇の時間を確保することが難しい場合があります。所得があっても時間が不足していれば、必要なサービスを購入したいという需要が生まれます。

たとえば、共働き家庭が外食を利用したり、家事代行サービスを使ったりするのは、単に所得が増えたからだけではありません。家事を自分たちで行う時間が不足しているためでもあります。家庭の時間的な制約が、サービスを市場で購入する需要につながるのです。

この視点から見ると、家庭は単に商品やサービスを消費する存在ではありません。家庭の構成や働き方が変化することによって、サービス業の需要を生み出し、雇用の規模や種類を変える存在でもあります。

家庭内のセルフサービスは、市場のサービスと競争する

サービス業には、もう一つ重要な競争相手があります。それは海外企業や別の国内企業だけではなく、家庭自身です。

家庭で洗濯をすれば洗濯代行を利用する必要はありません。家で食事をつくれば、外食をする必要はありません。家族が育児や介護を担えば、その分だけ外部のサービスを利用する必要が少なくなります。

つまり、家庭内の無償労働は、サービス市場にとって代替手段になります。サービスの価格が高ければ、家庭は自分たちで仕事を行うことを選びやすくなります。逆に、家庭の時間が不足していれば、外部サービスを利用する必要性が高まります。

この関係は、サービス経済の成長を理解するうえで重要です。サービスが国際競争から比較的守られていたとしても、家庭内のセルフサービスとの競争から自由ではありません。サービスの需要は、価格だけでなく、家庭がどれだけの時間を持っているかによっても左右されます。

7. 女性の就業拡大は、サービス雇用を増やす

家事や育児を担う人が働き始めると、家庭の需要が変わる

女性の教育水準が上昇し、労働市場に参加する人が増えると、家庭の時間の使い方が変わります。以前は家庭内で行っていた活動の一部を、外部のサービスに委ねる必要が生まれるからです。

たとえば、共働き家庭では、仕事の後に食事を準備する時間が限られます。子どもの保育や高齢者の介護についても、家族だけで対応することが難しい場合があります。そこで、外食、保育、介護、家事支援などのサービスへの需要が高まります。

この変化は、サービス業の雇用を生み出す可能性があります。家庭の中で無償で行われていた活動の一部が、有給の仕事として市場や公的サービスの中に移るからです。

ただし、女性が働くようになれば、自動的に家事や育児の負担が解消されるわけではありません。家庭内の役割分担が変わらず、外部サービスも十分でなければ、女性は有給の仕事と無償の家事・ケアの両方を担うことになります。就業を支える条件が整っているかどうかが、重要な分かれ目になります。

社会サービスが充実した国と、家族に依存する国の違い

サービスの提供方法は、国によって異なります。保育や介護を公的なサービスとして提供する国もあれば、市場を通じて民間事業者から購入する国もあります。また、家族が自ら担うことを前提とし、外部サービスへの依存が小さい国もあります。

公的サービスが充実していれば、家庭は比較的利用しやすい価格で保育や介護を利用できる可能性があります。その分、家族は仕事を続けやすくなり、サービスを提供する側にも雇用が生まれます。

一方、市場にサービスを委ねる場合、所得が十分にある家庭はサービスを購入しやすいものの、低所得の家庭は利用が難しくなることがあります。家族がサービスを担う割合が大きい場合には、無償の家事やケアが市場に移りにくく、サービス産業の雇用も拡大しにくくなります。

ここには、福祉レジームの違いが雇用構造を左右する仕組みが表れています。同じように女性の就業を促進しようとしても、保育や介護の制度、賃金水準、サービスの価格によって、その結果は変わります。

働く人を増やすために、働く人を支えるサービスが必要になる

ここで、一見すると逆説的な関係が生まれます。サービス雇用を増やすには、家庭がサービスを購入する必要があります。しかし、家庭がサービスを購入するには、サービスが手頃な価格で利用できなければなりません。そして、手頃な価格でサービスを提供するためには、適切な賃金を払いながら、費用をどう支えるかを考えなければなりません。

さらに、女性が働くためには保育サービスが必要ですが、保育サービスを利用する家庭が増えることで、保育の仕事も増えます。介護サービスも同じです。サービスがあるからこそ人々が仕事を続けられ、その人々がサービスの需要を生み出すという相互依存の関係が生まれます。

これは、サービス経済の雇用を拡大するためには、単に企業に採用を促すだけでは不十分であることを意味します。家庭が外部サービスを利用できるようにすることが、労働市場への参加を支え、同時に新しい雇用を生み出す条件になるのです。

8. 「新しいケインズ主義的世帯」とは何か

家庭の消費が、経済全体の雇用を支える

ケインズ経済学では、需要が経済活動や雇用に大きな影響を与えると考えます。企業は商品やサービスを売る見通しがなければ、生産を増やしたり、労働者を採用したりしません。反対に、需要が増えれば、生産やサービス提供を拡大するために雇用が生まれる可能性があります。

ポスト工業社会では、この需要の考え方を家庭の時間的制約と結びつけて考えることができます。共働き家庭が増え、家庭内で行う時間がなくなった活動を外部サービスに委ねるようになれば、サービスへの支出が増えます。その支出が、飲食、ホテル、個人向けサービスなどの雇用を支える可能性があります。

ここで重要なのは、サービスへの需要が単に所得の増加だけで決まるわけではないことです。家庭の構成、仕事の時間、子育てや介護の責任などが、サービスを購入する必要性を生み出します。

「新しいケインズ主義的世帯」という考え方は、こうした家庭の支出や時間の使い方が、サービス経済の需要と雇用に結びつく点を捉えています。

雇用がサービスを生み、サービスが雇用を生む

女性の就業が拡大すると、家庭の可処分所得が増えるとともに、家庭内で使える時間が減る場合があります。その結果、外部サービスへの需要が高まり、サービス業の雇用が増える可能性があります。

サービス業で雇用が増えれば、そこで働く人々の所得が生まれます。その所得が消費に使われれば、さらに別の企業やサービスの需要を支えることになります。このように、雇用と需要が相互に作用する循環が生まれ得ます。

ただし、この循環が実際にどの程度働くかは、サービスの価格や賃金格差、家庭の所得、保育・介護サービスへのアクセスなどによって変わります。雇用が増えても賃金が低ければ、家庭の消費を十分に拡大できない場合があります。また、サービスの価格が高すぎれば、需要そのものが生まれにくくなります。

したがって、サービス経済を成長させるためには、家庭の需要を生み出すだけでなく、その需要が多くの人々の安定した雇用と所得につながるような制度を整えることが重要です。

保育サービスは、将来の雇用を生み出す基盤でもある

この関係が特にわかりやすく表れるのが、保育サービスです。子どもを預ける場所がなければ、親は働く時間を確保しにくくなります。保育サービスが利用できれば、親は仕事を続けやすくなり、家庭の所得を確保しやすくなります。

同時に、保育サービスの提供には保育士などの労働者が必要です。保育所の整備は、子育て家庭を支援するだけでなく、保育の仕事を生み出すことにもつながります。

ここでは、福祉政策と雇用政策を切り離して考えることができません。保育や介護は、生活を支えるための費用であると同時に、人々が働くための条件を整え、サービス分野の雇用を生み出す基盤でもあるからです。

9. 福祉レジームによって、サービス経済の姿は変わる

ドイツ――高技能の仕事を重視する一方、雇用から外れる人もいる

ドイツについては、高度な技能を持つ労働者を重視する産業構造が特徴として論じられています。職業教育や技能形成を通じて、質の高い工業雇用を維持しようとする方向です。

しかし、製造業の雇用が縮小するなかで、失われた工業雇用をすべての人に代わるサービス雇用で補うことは容易ではありません。特に、従来の技能を新しい仕事に結びつけにくい人や、資格を持たない人にとっては、十分な雇用機会が生まれない可能性があります。

また、保育や介護などのサービスを家庭が担う割合が大きければ、サービスを提供する市場そのものが拡大しにくくなります。高度な技能を持つ人々が活躍する一方で、工業雇用を失った人々や、家庭責任を抱える人々が労働市場から外れやすくなるという矛盾が生じます。

スウェーデン――公共サービスが雇用を支える

スウェーデンについては、公的部門によるサービス雇用が大きな役割を果たしてきたことが重要です。保育、介護、教育などのサービスを公共部門が担うことで、女性の就業を支えるとともに、サービス分野に雇用を生み出してきました。

このような仕組みでは、サービスの価格を市場だけに委ねる場合と比べて、家庭が利用しやすい条件を整えられる可能性があります。また、民間市場では採算を取りにくい労働集約的なサービスでも、社会的に必要なサービスとして提供できます。

ただし、公的サービスを通じて雇用を拡大するには、安定した財源が必要です。景気の悪化や財政制約が強まれば、公的雇用やサービスの水準を維持することが難しくなる場合もあります。

それでも、サービスの価格を市場に任せるだけでは雇用が十分に生まれないという問題に対して、公的サービスが一つの解決策になり得ることを示しています。

米国――市場を通じたサービス雇用と格差

米国では、民間市場を通じたサービスの提供が大きな役割を果たしてきました。サービスを購入できる所得があれば、家庭は外食や家事支援などを利用しやすくなります。企業にとっても、需要があればサービスを拡大し、雇用を増やす余地があります。

しかし、サービスの価格を抑えるために低賃金労働が広がると、雇用が増えても、労働者の所得や雇用の安定が十分に確保されない可能性があります。専門的なサービスで高い所得を得る人がいる一方で、飲食や個人向けサービスなどで低賃金の仕事に従事する人も生まれます。

このように、市場を通じてサービス雇用を拡大する仕組みは、雇用機会を生み出す一方で、所得格差を広げる可能性を持っています。雇用の数だけでなく、そこで働く人がどのような賃金や保障を得られるかが重要になります。

国の違いを生むのは、サービスを誰が提供するかという制度である

ドイツ、スウェーデン、米国の比較からわかるのは、サービス経済の雇用が、技術や市場の動きだけで決まるわけではないということです。

同じように製造業の雇用が減少しても、ある国では職業訓練や技能形成によって高技能の仕事への移行を進め、別の国では公共サービスを通じて雇用を生み出し、さらに別の国では民間市場を通じてサービス雇用を拡大することがあります。

その結果、雇用の量だけでなく、賃金格差、雇用の安定性、女性の就業、失業者の社会的な位置づけも変わります。サービス経済の発展は一つの決まった道筋をたどるのではなく、各国の福祉レジームや労働市場制度によって異なる姿をとるのです。

10. ポスト工業社会の雇用を支えるために必要なこと

雇用の量だけでなく、雇用の質を考える

ポスト工業社会では、サービス業の拡大によって新しい仕事が生まれます。しかし、その仕事が低賃金で不安定なものに偏れば、雇用が増えても社会の格差は広がる可能性があります。

一方で、すべてのサービス職を高賃金にすれば、価格が高くなり、民間市場で提供できるサービスが限られる場合があります。したがって、雇用を増やすことと、働く人の生活を守ることを両立させる制度が必要です。

職業訓練や教育によって人々が新しい技能を身につけられるようにすること、失業した人が再就職するまでの生活を支えること、サービスの労働条件を適切に整えることなどが重要になります。雇用の数だけを追い求めるのではなく、どのような仕事が増え、誰がその仕事に就き、どのような生活を送れるのかを考える必要があります。

家族の時間的制約を、個人の努力だけに任せない

仕事と家庭生活の両立が難しいとき、その負担を個人や家族の努力だけで解決しようとすると、就業を断念したり、労働時間を減らしたりする人が生まれます。とりわけ、子育てや介護を担う人にとって、利用しやすい社会サービスがあるかどうかは、働き続けられるかどうかを左右します。

保育や介護などのサービスを整備することは、家庭を支援するだけではありません。労働市場への参加を可能にし、サービスの提供者にも雇用を生み出します。社会サービスは、生活保障と経済活動をつなぐ基盤なのです。

もちろん、サービスを公的に提供するか、民間市場を通じて提供するか、家族がどこまで担うかについては、費用や制度設計をめぐる議論が必要です。しかし、家庭の時間的制約を無視したまま雇用の拡大だけを求めても、持続的な解決にはつながりません。

福祉国家は、雇用と平等の関係を変えることができる

グローバル化や技術革新によって、工業社会の雇用構造は大きく変化しました。しかし、その変化が必ずしも大量失業や格差の拡大をもたらすと決まっているわけではありません。どのような制度を整えるかによって、影響は変わり得ます。

職業教育や再訓練によって労働者が新しい仕事へ移れるようにすること、保育や介護のサービスを充実させて働く条件を整えること、失業した人が生活を維持しながら再就職を目指せるようにすることは、雇用と平等を両立させるための重要な手段です。

福祉国家の役割は、失業した人に給付を行うことだけではありません。人々が仕事に参加するための条件を整え、産業構造の変化によって生じる不利益を緩和し、雇用機会が一部の人々だけに集中しないようにすることにもあります。

11. ポスト工業社会の雇用を理解するための核心

ポスト工業社会では、製造業の雇用が減る一方で、サービス業が経済の中心的な役割を担うようになります。しかし、サービス業は製造業とは異なる生産性の構造を持ち、サービスの価格や賃金、雇用の拡大には固有の制約があります。

さらに、家庭の所得や時間の使い方が、サービスへの需要を左右します。女性の就業拡大や共働き世帯の増加は、家庭内の活動を外部サービスへ移す需要を生み出しますが、そのためには利用しやすい保育や介護などのサービスが必要です。サービスが不足すれば、家庭は無償労働に依存せざるを得ず、働く機会も制限されてしまいます。

このように、雇用は企業の採用方針や景気だけで決まるものではありません。技術革新、産業構造、賃金制度、福祉国家、家庭の生活様式が相互に影響し合いながら、どのような仕事が生まれるかを決めています。

ポスト工業社会の課題は、単に工場の仕事をサービス業の仕事に置き換えることではありません。社会が必要とするサービスを、誰が、どのような条件で提供するのか。そして、働く人が安定した所得を得ながら、家庭生活やケアの責任も果たせるようにするには、どのような制度が必要なのかを考えることです。

サービス経済が成長するためには、サービスを提供する側の雇用だけでなく、サービスを利用する家庭の条件も整えなければなりません。仕事と家庭、雇用と福祉、経済成長と平等を別々の問題として扱うのではなく、相互につながった仕組みとして設計することが、ポスト工業社会の雇用を考えるうえでの核心となります。