ポスト工業社会では、工場の生産性が向上し、製造業の雇用が縮小する一方、医療、介護、教育、流通、飲食、専門サービスなどの仕事が重要になります。しかし、サービス業を中心に雇用を増やそうとすると、賃金が低くなったり、雇用が不安定になったりするおそれがあります。反対に、労働者の賃金や雇用を強く保護すれば、企業が新たな人を雇いにくくなり、若者や女性、失業者が仕事に就けなくなる可能性があります。
この難題が、雇用をめぐる「ディレンマ」です。
重要なのは、雇用を増やすことと、労働者の生活を守ることを、単純な二者択一として考えないことです。労働市場の規制、労使関係、失業時の所得保障、職業訓練、家族のあり方などが組み合わさることで、同じ経済変化に直面した国でも、雇用や格差の結果は大きく異なります。
1. 同じ経済変化でも、国によって雇用の結果が違う
工業社会の雇用モデルが通用しにくくなる
工業社会では、大規模な工場や企業が多くの労働者を雇用し、安定した賃金と長期的な雇用を提供することが、経済と社会の基盤になっていました。製造業が成長し、生産性が上がり、企業の収益が増えれば、賃金の上昇や雇用の拡大にもつながりやすい環境がありました。
ところが、ポスト工業社会では状況が変わります。技術革新や国際競争によって工場の生産工程が効率化され、以前ほど多くの労働者を必要としなくなります。新しい雇用の受け皿となるサービス業は、製造業とは異なる経済的な性質を持っています。
たとえば、工場では設備の自動化によって、同じ人数でより多くの製品を生産できるようになります。しかし、介護職員が利用者の話を聞く時間や、保育士が子どもを見守る時間を、機械の導入だけで大幅に短縮することは容易ではありません。サービスの質を維持するために、一定の人手が必要だからです。
そのため、工業社会と同じように、生産性の向上が賃金上昇と雇用拡大の両方を自然にもたらすとは限りません。サービス経済では、雇用の量と賃金の水準、さらには労働者の生活保障をどのように両立させるかが重要になります。
経済の変化を、社会制度が異なる結果へと導く
脱工業化によって仕事が失われるとしても、すべての国で失業が同じように増えるわけではありません。既存産業の競争力、労働者の技能、企業が新しい産業に適応する能力に加え、労働市場や福祉国家の制度が結果を左右します。
ある国では、産業の再編に伴う人員削減を早期退職によって吸収します。別の国では、失業者に所得を保障しながら、職業訓練や再就職支援によって新しい仕事への移動を促します。また、雇用調整を市場に大きく委ねる国では、賃金の引き下げや非正規雇用の拡大によって企業の負担を軽くすることがあります。
つまり、経済変化そのものだけでなく、変化の負担を誰が引き受けるのかが重要なのです。労働者本人が失業や所得減少のリスクを負うのか、企業が雇用維持の負担を負うのか、それとも福祉国家が所得保障や再訓練を通じて社会全体で負担するのか。その違いが、各国の雇用の姿を形づくります。
2. 労使関係は、雇用と平等を左右する
労働組合が強ければ、それだけでよいのか
労働市場のあり方を理解するうえで重要なのが、労働組合と使用者の関係、すなわち労使関係です。労働組合は、賃金や労働時間、安全性、雇用条件について、労働者が企業と交渉するための組織です。
労働組合が強ければ、労働者は賃金や雇用条件を守りやすくなります。しかし、組合の力が強いことだけで、社会全体の雇用が良好になるとは限りません。
すでに安定した職に就いている労働者を「インサイダー」、失業者や、まだ労働市場に十分に参加できていない若者などを「アウトサイダー」と呼びます。インサイダーの雇用と賃金が強く守られていても、企業が新規採用を抑えれば、アウトサイダーは仕事に就く機会を得にくくなります。
たとえば、勤続年数の長い従業員の雇用を維持するために企業が大きな負担を負う一方、新たな人材を採用する際にも多くの費用や制約が生じるとします。その場合、企業は既存の従業員を守ることを優先し、若者や未経験者の採用を控えるかもしれません。雇用を守る制度が、別の人々にとっては参入障壁になるのです。
問題は、労働者の権利を守ること自体ではありません。誰の権利が守られ、誰がその保護の外側に置かれるのか、という点にあります。
交渉の力を、社会全体の利益につなげる
労使関係には、個々の労働者と企業が対立するだけではなく、労働組合、使用者団体、政府などが広い視野で合意を形成する仕組みもあります。
重要なのは、組織の強さに加えて、賃金や労働条件の決定をどの程度調整できるかという点です。特定の組合や企業だけが自らの利益を追求すれば、その費用が他の企業や失業者に転嫁される可能性があります。一方、産業や国全体の経済状況を踏まえて交渉を調整できれば、賃金の安定と雇用の維持を両立させやすくなります。
このような仕組みは、しばしばネオ・コーポラティズムと呼ばれます。ここでいうネオ・コーポラティズムとは、労働組合や使用者団体などの組織が、政府も関与する制度的な交渉を通じて、経済政策や労働条件について合意を形成する仕組みです。
オランダなどは、調整された労使交渉によって、格差や社会保障をめぐる問題に対応しながら雇用の改善を図った事例として取り上げられています。労働組合を弱体化させることだけが、雇用を増やす道ではありません。組織された交渉の力を、社会全体の利益に結びつける方法もあるのです。
3. 労働市場の規制を緩めれば、雇用は増えるのか
「ヨーロッパの硬直性」という考え方
労働市場の規制をめぐる議論では、雇用を守る制度が強すぎると、企業が環境の変化に対応できなくなるという主張があります。解雇が難しく、採用に費用がかかり、賃金も簡単には引き下げられないなら、企業は新たな採用に慎重になるという考え方です。
この立場からは、労働市場の「硬直性」が失業を生み出す原因とされ、規制緩和によって雇用を増やすことが提案されます。とりわけ1980年代以降、ヨーロッパの雇用問題を説明する議論では、労働市場の柔軟性が重視されてきました。
しかし、ここには見落としやすい問題があります。雇用を守る制度を弱めた場合、企業が採用を増やす可能性はありますが、労働者の賃金が下がったり、仕事を失うリスクが高まったりすることもあります。雇用者数が増えたとしても、その仕事が生活を支えられるものなのか、安定して働き続けられるものなのかは、別の問題です。
さらに、労働市場の規制が強い国でも、失業率が必ず高くなるわけではありません。各国の実績を比較すると、規制の強さだけで雇用の結果を一律に説明することは難しいのです。
労働市場の柔軟性と生活保障は、両立できる
労働市場の柔軟性を高める方法には、いくつかの選択肢があります。
一つは、解雇や採用の制約を緩め、企業が人員を調整しやすくする方法です。もう一つは、仕事を失った人の生活を保障しながら、職業訓練や再就職支援を充実させ、労働者が別の仕事へ移りやすい環境を整える方法です。
両者の違いは、企業が雇用を調整する自由だけを重視するのか、それとも労働者が仕事を移る際の不安も軽減するのか、という点にあります。
北欧諸国やオランダの制度は、労働市場の柔軟性と社会的保障を組み合わせる考え方を示しています。労働者が同じ企業に勤め続けることだけを保障するのではなく、職を失っても生活を維持でき、必要な訓練を受けて新しい仕事に就けるようにするのです。
この考え方では、守るべき対象は特定の職場だけではありません。働く人の生活と、次の仕事に移る可能性も守る対象になります。
ただし、社会保障や再就職支援を整えれば、どの国でも自動的にうまくいくわけではありません。支援制度を実際に利用できるか、訓練が新しい仕事の需要と結びついているか、企業が採用する意欲を持っているかなど、複数の条件が必要です。
4. 福祉国家の給付は、失業を増やすのか
「給付が手厚いと、人は働かなくなる」という説明
失業給付や社会保障をめぐっては、給付が手厚いと、働く意欲が弱まり、失業期間が長引くのではないかという議論があります。
失業した人が一定の所得を保障されると、生活のためにどのような仕事でもすぐに引き受けなければならない状況を避けられます。その結果、条件のよい仕事を探すために時間をかけられる一方、給付の受給資格が長く続くことによって、再就職までの期間が延びる可能性もあります。
このため、失業給付には、生活を守る働きと、求職行動に影響を与える働きの両面があります。
しかし、給付の水準が高い国ほど失業率も高い、と単純に結論づけることはできません。失業の長期化には、求人の不足、技能と仕事のミスマッチ、地域的な雇用機会の偏りなど、さまざまな原因があるからです。
生活保障だけでなく、再就職を支える仕組みが重要になる
北欧諸国の特徴として挙げられるのは、社会保障の充実と、労働市場への復帰を促す政策が組み合わされていることです。失業時の所得を保障するだけでなく、職業訓練や就職支援を通じて、働く機会を取り戻すことを重視します。
これに対し、失業時の所得保障が弱く、再就職のための支援も十分でなければ、失業者は生活の不安を抱えたまま求職活動を続けなければなりません。制度上の給付が少ないことが、必ずしも早い再就職につながるわけではないのです。
大切なのは、失業給付を「働かないことへの報酬」として見るのではなく、仕事を失った人が生活を立て直し、再び働くための基盤として捉えることです。
失業時の生活保障と、再就職を促す政策を一体的に設計できれば、労働者は失業のリスクを過度に恐れずに職業移動に取り組みやすくなります。企業にとっても、必要な技能を持つ人材が別の産業へ移動できることは、経済の変化に対応するうえで重要です。
5. 賃金を守ることと、仕事に就く機会を守ること
賃金格差は、失業の問題と結びついている
賃金規制をめぐる議論では、賃金の格差を小さくすることが、どのような雇用の結果につながるのかが問われます。
賃金の下限が高く設定されていたり、賃金格差が小さく抑えられていたりすると、生産性の低い労働者や経験の少ない若者を採用する際に、企業が負担を感じる場合があります。そのため、最低賃金や賃金構造が若者や低技能労働者の雇用機会に影響するという議論が生まれます。
一方、賃金の規制を弱めれば、仕事に就く機会が広がる可能性はあるものの、低賃金の仕事が増え、働いても十分な所得を得られない人が増えるおそれがあります。
ここで重要なのは、賃金格差と失業率を区別して考えることです。賃金制度は、失業者がどのような人々になるのかに影響を与えることがあります。たとえば、安定した雇用と比較的高い賃金を既存の労働者に保障する一方で、新たに労働市場に入ろうとする若者や女性の採用が進まなければ、雇用の内側と外側の格差が広がる可能性があります。
若者や低技能労働者が、二重のリスクを負う
ポスト工業社会では、教育、技能、経験の価値が高まりやすくなります。高度な専門知識を必要とする仕事が増える一方、定型的な仕事の一部は自動化や国際競争の影響を受けます。その結果、経験の少ない若者や、技能形成の機会を十分に得られなかった人々が、不利な立場に置かれやすくなります。
こうした人々は、雇用保護が強い労働市場では採用されにくくなるリスクを抱え、規制が弱い労働市場では低賃金や不安定な雇用に直面するリスクを抱えます。つまり、どちらの制度でも、十分な支援がなければ困難に直面する可能性があるのです。
この問題への対応として重要なのが、職業訓練と技能形成です。未経験者を採用する企業の負担を軽減し、働きながら技能を身につけられる仕組みを整えれば、雇用の入口を広げることができます。
また、賃金だけで生活を支えることが難しい場合には、税や社会保障を通じて所得を補う政策も考えられます。賃金を一律に引き下げることだけに頼らず、働く機会を増やしながら生活水準を守る方法を組み合わせることが重要です。
6. 雇用を守るために、早期退職を利用するという選択
既存の労働者を保護するための雇用調整
産業の再編が進むとき、企業は人員を減らす必要に迫られることがあります。その際、解雇を避けるための方法として利用されてきたのが、早期退職です。
早期退職は、一定の年齢以上の労働者が通常より早く仕事を辞め、年金や退職給付などを利用して生活を維持する仕組みです。雇用調整の負担を、解雇という形で直接的に表面化させずに済むという特徴があります。
しかし、早期退職によって高齢者が仕事を離れれば、その分だけ若者の雇用が増えるとは限りません。企業が退職者の仕事をそのまま補充するとは限らず、設備投資や組織再編によって人員そのものを減らすこともあるからです。
また、早期退職は、技能の陳腐化や産業構造の変化に対応する手段となる一方、経験豊富な労働者を労働市場から退出させることにもなります。高齢者の雇用機会を減らすことで若者の仕事を確保するという説明だけでは、その政策の効果を十分に捉えられません。
家族のあり方が、雇用政策を左右する
早期退職の選択には、家族の所得構造も関係します。一家の生活が主に男性の賃金に依存し、女性の就業機会が限られている社会では、世帯主が安定した仕事を失うことの影響が大きくなります。そのため、世帯主の雇用を強く保護する制度が支持されやすくなります。
これに対し、男女ともに働くことが一般的で、失業時の所得保障や職業訓練が充実している社会では、特定の労働者を同じ職場にとどめることだけに頼らず、労働者の移動を支援する政策を採りやすくなります。
この違いは、雇用政策が労働市場だけで完結する問題ではないことを示しています。女性の就業機会、家族の所得、年金制度、社会保障のあり方が相互に結びつき、どのような雇用保護が望ましいと考えられるかを左右するのです。
7. 「平等か雇用か」という二者択一をどう考えるか
規制緩和と格差拡大の関係を検証する
雇用を増やすには賃金格差を広げる必要がある、あるいは雇用保護を弱めなければならない、という考え方があります。アメリカやイギリスなどの自由主義的な経済では、賃金の格差が大きくなる一方、雇用が増えた時期がありました。そのため、賃金や雇用の規制を緩和することが、雇用拡大の鍵だとする議論が生まれました。
しかし、各国の比較を詳しく見ると、規制緩和の度合いだけで雇用の増加を説明することはできません。規制が比較的強い国でも、雇用を増やした国があります。逆に、労働市場の規制が弱い国でも、すべてが同じように良好な雇用実績を示したわけではありません。
つまり、規制緩和と雇用増加の間に、どの国にも当てはまる単純な法則があるとは言い切れません。雇用の結果には、産業構造、技能形成、労使交渉、社会保障、家族のあり方など、複数の要因が関係しています。
「ハンプ・シェイプ曲線」が示す考え方
労働市場の規制と雇用の関係を考えるうえでは、規制が強くなるほど雇用が一方的に悪化する、という直線的な見方だけでなく、両者の関係が曲線を描く可能性も検討されます。これが「ハンプ・シェイプ曲線」、つまり山形の曲線という考え方です。
この議論では、労働組合や使用者団体が弱すぎても、反対に強い組織が自らの利益だけを追求しても、望ましい結果が得られない可能性があります。組織の力が一定程度あり、賃金交渉や政策調整が社会全体の利益を考慮して行われる場合に、より良い雇用の結果が得られるという仮説です。
ただし、各国のデータを分析しても、この曲線的な関係があらゆる雇用指標について明確に確認されたわけではありません。重要なのは、規制の強さだけを単独で評価するのではなく、規制がどのような制度や交渉の仕組みと組み合わされているかを見ることです。
雇用の数だけで、政策の成否を判断しない
雇用政策を評価する際には、失業率や就業者数だけでなく、賃金水準、雇用の安定性、失業からの脱出のしやすさ、若者や女性が仕事に参加できているかどうかも確認する必要があります。
仕事が増えても、低賃金で生活が成り立たない人が増えているなら、生活の安定という観点では問題が残ります。反対に、既存の労働者の雇用と賃金を強く守っていても、若者や女性が職に就けず、失業が長期化するなら、社会全体の雇用機会が十分に確保されているとは言えません。
雇用と平等の両立は、単に規制を強めるか弱めるかという問題ではなく、どのような雇用を、誰に対して、どのような条件で提供するかという問題なのです。
8. 福祉レジームによって、雇用問題への対応は変わる
社会民主主義的レジーム――生活を保障しながら労働移動を支える
北欧諸国に代表される社会民主主義的レジームでは、普遍的な社会保障と積極的な労働市場政策を組み合わせ、労働者が職場を移る際のリスクを社会全体で引き受けることが重視されます。
この仕組みでは、競争力を失った産業の雇用を永久に維持することだけが目標ではありません。産業の再編が必要であれば、労働者が新しい仕事に移れるように、所得保障や訓練、再就職支援を用意します。
女性の就業機会や公共サービスの雇用も重要です。男女がともに働くことを支え、家族の生活を一人の稼ぎ手だけに依存させないことで、労働市場の変化に対する世帯の脆弱性を抑えようとします。
このモデルの強みは、雇用の移動と生活保障を結びつける点にあります。一方で、制度を維持するための財源や、職業訓練と実際の求人を結びつける能力が欠かせません。
保守主義的レジーム――既存の雇用を守り、家族がリスクを吸収する
ドイツなどの大陸ヨーロッパ諸国に見られる保守主義的レジームでは、雇用関係にある労働者を保護する制度が重要な役割を果たしてきました。雇用を失うことによる生活への打撃を小さくするため、解雇の制約や雇用保障が重視されます。
この方法は、既存の労働者の生活を安定させる一方で、労働市場に新たに参入しようとする人々にとっては、仕事を得ることが難しくなる可能性があります。とくに、家族の主な稼ぎ手の雇用を守ることが優先される場合、若者や女性が雇用の外側に置かれるという問題が生じ得ます。
さらに、社会保障や公共サービスによって担われるはずのケアや生活支援を、家族が引き受ける割合が高ければ、家族自身が雇用の変化によるリスクを負うことになります。雇用を安定させる制度があっても、社会全体の雇用機会が平等に確保されるとは限らないのです。
自由主義的レジーム――市場の柔軟性と、格差への対応
アメリカやイギリスなどに代表される自由主義的レジームでは、市場による雇用調整や比較的柔軟な労働市場が重視されます。企業が採用や人員調整を行いやすく、産業の変化に対応しやすいことは、このモデルの特徴です。
しかし、雇用の柔軟性が高くても、すべての人が安定した仕事に就けるわけではありません。労働者の交渉力が弱く、賃金や雇用条件の格差が拡大すれば、雇用者数の増加と同時に、所得の不安定化や貧困の問題が生じる可能性があります。
また、アメリカの雇用実績を、そのまま規制緩和の効果として他国に当てはめることにも注意が必要です。経済規模、移民、産業構造、社会的分断など、国ごとに異なる条件があるからです。
各国の制度は、単純に優劣をつけられるものではありません。それぞれが、雇用の安定、所得の平等、家族の生活保障、産業の競争力といった課題に、異なる組み合わせで対応しているのです。
9. 雇用のディレンマを解く鍵は、制度の組み合わせにある
雇用保護を、働く人の生活保障へと広げる
雇用をめぐるディレンマに対応するには、企業が既存の雇用を維持することだけを保障の中心に置くのではなく、労働者が仕事を失った後も生活を維持し、別の仕事へ移れるようにすることが重要です。
そのためには、失業時の所得保障、職業訓練、再就職支援、労働者の技能を評価する仕組みを連携させる必要があります。単に企業の採用や解雇を自由にするだけでは、労働者が失業のリスクを引き受けることになりかねません。反対に、既存の雇用だけを強く守れば、新しい人が仕事に入る機会を狭める可能性があります。
制度設計の焦点を「この職場を守れるか」から「働く人が生活を維持しながら働き続けられるか」へ広げることが、一つの方向性になります。
家族に依存しすぎない生活保障をつくる
雇用の問題は、家族の問題とも深く結びついています。一人の稼ぎ手に家族全体の生活が依存していれば、その人が失業したときに家族全体が大きな打撃を受けます。また、育児や介護を家族が担う割合が大きいと、家族の中でケアを担う人が就業機会を失うこともあります。
保育、介護、教育、医療などのサービスを利用しやすくすることは、家族の負担を軽減するだけでなく、働く機会を広げることにもつながります。とりわけ、女性が仕事を続けられる環境を整えることは、世帯の所得を安定させ、労働市場への参加を広げるうえで重要です。
もちろん、公共サービスを拡充するには費用がかかります。しかし、ケアや生活支援を家庭内の無償労働に依存させれば、その負担は家族の時間や就業機会の制約という形で現れます。社会保障の費用と、家族が担う負担の両方を視野に入れて考える必要があります。
雇用政策を、産業政策や教育政策と結びつける
新しい雇用を生み出すには、労働市場の規制を調整するだけでは不十分です。企業が新しい製品やサービスを生み出し、産業が変化するなかで、労働者が必要な技能を身につけられることも重要になります。
製造業からサービス業への移動であれ、技術革新による職種の変化であれ、労働者が新しい仕事に移るためには、教育や職業訓練が必要です。企業が求める技能と、労働者が持つ技能との間に大きな隔たりがあれば、求人があっても失業が続くことがあります。
また、雇用を増やす政策は、仕事の質にも目を向けなければなりません。雇用者数を増やすだけでなく、適切な賃金、能力開発の機会、働き続けられる環境を整えることが、長期的な雇用の安定につながります。
10. 雇用と平等を両立させるために
雇用をめぐるディレンマの核心は、労働者の保護を強めれば必ず失業が増える、あるいは規制を緩めれば必ず雇用が増える、という単純な関係が成り立たないことにあります。
労働市場の規制は、誰が雇用を失うのか、誰が新しい仕事に就けるのか、賃金格差がどの程度広がるのかに影響します。しかし、その結果は、労使交渉の仕組み、福祉国家の制度、職業訓練、家族のあり方などによって変わります。
とりわけ重要なのは、すでに働いている人の保護と、これから働こうとする人の機会を同時に考えることです。雇用保護が既存の労働者だけに集中すれば、若者や女性、失業者が労働市場の外側に置かれる可能性があります。反対に、雇用の柔軟性だけを追求すれば、賃金の格差や生活の不安定さが大きくなるおそれがあります。
だからこそ、所得保障と再就職支援を組み合わせ、働く人が職場を移ることを支え、家族だけに生活上のリスクを負わせず、産業の変化に対応できる技能形成を進めることが重要になります。
ポスト工業社会の雇用政策に必要なのは、規制を強めるか弱めるかという一つの選択ではありません。雇用の創出、所得の平等、生活保障、労働移動を、どのような制度の組み合わせによって実現するのかという視点です。雇用の数だけでなく、誰が仕事に参加でき、働くことでどの程度安定した生活を送れるのかを問うことが、雇用のディレンマに対応する出発点になります。
