企業は、必要なものをすべて自社で生産しているわけではありません。自動車メーカーは部品を外部の企業から購入し、飲食店は食材を仕入れ、IT企業はクラウドサービスや外部の専門家を利用します。その一方で、企業は従業員を雇い、社内の部署に仕事を割り当て、自社の組織の中でも製品やサービスを生み出しています。

ここには、経済活動を考えるうえで重要な疑問があります。なぜ、ある仕事は市場での取引として行われ、別の仕事は企業の内部で行われるのでしょうか。

市場で取引すれば、複数の企業がそれぞれの得意分野を生かし、価格や条件を交渉できます。しかし、取引相手との交渉や契約には手間がかかり、相手の事情によっては思いどおりに仕事が進まないこともあります。企業内部に仕事を取り込めば、経営者が指示を出して工程を調整しやすくなりますが、組織が大きくなれば情報共有や人事管理が難しくなることもあります。

企業と市場は、どちらか一方が常に優れているわけではありません。それぞれに長所と短所があり、取引の性質や情報の持ち方、改善への意欲などによって、適した形が変わります。

Contents

1. 市場取引と企業――仕事を外部に任せるか、内部で行うか

企業の境界はどこで決まるのか

企業が何を自社で行い、何を外部から購入するかという問題は、企業の「境界」を決める問題です。

たとえば、家具メーカーが木材の調達から加工、塗装、組み立て、配送までをすべて自社で行うこともできます。一方で、木材は専門商社から購入し、塗装は外部業者に委託し、配送は物流会社に任せることもできます。どちらの方法が優れているかは、単純には決まりません。

市場を利用すれば、専門性の高い企業の技術や設備を活用でき、自社で設備投資を行わずに済む場合があります。複数の供給者を比較して、価格や品質の面で有利な相手を選べることもあります。

しかし、外部企業に仕事を任せる場合、契約内容を決め、品質を確認し、納期を調整し、問題が発生すれば対応を協議しなければなりません。取引相手が自社の事情を十分に理解していなければ、細かな調整にも時間がかかります。

これに対して、仕事を企業内部で行えば、指揮命令系統を通じて工程を調整しやすくなります。ただし、自社で設備や人材を抱える費用が発生し、外部企業との競争によって得られる刺激が弱まる可能性もあります。

企業の境界を考えるとは、こうした市場取引と組織内部の活動を比較し、どのような形で仕事を組み合わせると効率的になるかを考えることなのです。

上流と下流の関係から考える

企業と市場の関係を理解するために、製品が完成するまでに二つの段階があると考えてみましょう。上流では原材料や部品を加工し、下流ではそれを使って最終製品をつくり、消費者に販売します。

この二つの段階を別々の企業が担えば、上流企業は中間製品を下流企業に販売し、下流企業はそれを仕入れて最終製品をつくります。反対に、両方の段階を一つの企業が担えば、上流工程と下流工程の間で市場取引を行う必要はなくなります。

両者の違いは、単に会社が一つか二つかという点だけではありません。価格や生産量を誰が決めるのか、改善の成果を誰が受け取るのか、工程に関する情報を誰が持っているのか、といった点が変わります。

この違いを具体的に見るために、上流企業と下流企業がそれぞれ一社しか存在しない「双方独占」を考えてみます。

2. 双方独占――取引相手が一社ずつしかいないと何が起きるか

上流企業と下流企業は、協力相手であると同時に交渉相手でもある

双方独占とは、上流に一社、下流にも一社しか存在しない市場構造です。上流企業は中間製品を供給し、下流企業はそれを仕入れて最終製品を生産・販売します。上流企業にとっては下流企業が唯一の顧客であり、下流企業にとっては上流企業が唯一の供給者です。

この関係では、両社は互いに必要な存在でありながら、卸売価格をめぐって対立します。上流企業はできるだけ高く販売したい一方、下流企業はできるだけ安く仕入れたいからです。

たとえば、自動車メーカーが特定の部品メーカーにしか生産できない特殊部品を依存しているとします。部品メーカーは価格を高くしたいと考えますが、自動車メーカーは仕入れ価格が高くなれば、完成車の利益が減ってしまいます。両社は協力しなければ製品を完成できないにもかかわらず、利益の配分をめぐって交渉することになります。

双方独占では、競争市場のように多数の売り手と買い手が存在するわけではないため、取引価格が市場の競争によって一意に決まるとは限りません。交渉力や取引条件が、最終的な利益配分に大きな影響を与えます。

ダブル・マージン問題――利益を二重に上乗せすると何が起きるか

上流企業と下流企業がそれぞれ自社の利益を最大化しようとすると、社会全体として非効率な結果が生じることがあります。その代表例が、**ダブル・マージン問題(二重限界化問題)**です。

上流企業が中間製品に利益を上乗せして卸売価格を設定し、下流企業もその仕入れ価格に利益を上乗せして小売価格を決めると、最終価格が高くなりすぎることがあります。その結果、販売数量が減り、上流企業と下流企業の利益を合計しても、両社が一体となって意思決定した場合より小さくなる可能性があります。

ここで重要なのは、両社がそれぞれ合理的に行動していても、全体として最適な結果になるとは限らないことです。上流企業は自社の卸売利益を考え、下流企業は自社の販売利益を考えます。しかし、卸売価格を高く設定することで下流の販売量が減り、その影響が上流企業自身にも跳ね返る点を、両社が十分に考慮しない場合があるのです。

企業が上流工程と下流工程を一体化すれば、卸売価格をめぐる内部交渉が不要になり、全体の利益を考慮して価格や生産量を決めやすくなります。市場取引では別々に決定されていた二つの段階が、一つの経営判断にまとめられるためです。

ただし、垂直統合が常に最善というわけではありません。統合には組織運営の費用がかかり、外部の専門企業が持つ技術や競争圧力を利用しにくくなることもあります。ダブル・マージン問題は、企業が工程を統合する動機を説明する一つの理由ですが、それだけで企業の境界が決まるわけではありません。

3. 市場取引の強み――改善への意欲を生み出す仕組み

価格交渉は、単なる利益の奪い合いではない

市場取引には、取引相手との交渉を通じて、より効率的な生産方法を実現できるという利点があります。

たとえば、部品メーカーが製造工程を改善すれば、従来より少ない費用で部品を生産できるようになるとします。そのメーカーが、改善によって生まれた費用削減分の一部を価格の引き下げとして取引相手に還元すれば、部品メーカーは販売量を増やし、完成品メーカーは仕入れ費用を減らせる可能性があります。

改善によって生まれた利益を双方が受け取れるなら、改善を行う動機が生まれます。市場取引では、価格交渉や取引量の変更を通じて、改善の成果を利益に結びつけられる場合があるのです。

これは、取引が単に「どちらが多く利益を取るか」という争いではないことを意味します。生産方法そのものを改善し、取引から得られる利益の総額を増やすこともできます。

市場取引には改善の成果を伝える仕組みがある

市場では、供給者が費用を削減し、より有利な価格や条件を提示することで、取引相手を獲得しようとします。買い手は複数の供給者を比較できる場合、より効率的な企業を選ぶことができます。

この仕組みは、企業に改善を促すインセンティブを与えます。自社の努力が取引条件の改善や販売拡大につながるなら、企業は改善に投資する意味を見いだせます。

もちろん、市場取引がいつでも効率的とは限りません。供給者が一社しかいない場合や、品質を十分に確認できない場合、取引相手を簡単に変更できない場合には、市場の競争圧力が弱まります。また、交渉や契約に多大な費用がかかれば、市場取引の利点が小さくなることもあります。

それでも、取引条件を通じて努力の成果が報われるという仕組みは、市場取引が持つ重要な特徴です。

4. 企業内取引――同じ会社の中なら、すべてうまくいくのか

指揮命令によって工程を調整できる

上流工程と下流工程を一つの企業にまとめると、両部門は市場で価格交渉をする必要がなくなります。経営者が全体の利益を考慮しながら、生産量や部門間の資源配分を決められるからです。

たとえば、自動車メーカーがエンジンの製造部門と車両の組み立て部門を社内に持っているとします。市場取引の場合には、エンジン部門と組み立て部門がそれぞれの利益や取引条件を考えることになります。一方、同じ企業の内部にあれば、経営者は両部門の利益を合計して、全体として望ましい生産計画を指示できます。

部門間で価格交渉をする必要がなくなり、工程の変更や生産量の調整を迅速に進められることもあります。こうした点は、企業内部で仕事を行う利点です。

企業内部では、努力の成果が正しく評価されないことがある

しかし、企業内部に仕事を取り込めば、すべての問題が解決するわけではありません。

企業内部では、経営者が各部門に指示を出せますが、現場の情報を完全に把握できるとは限りません。ある部門がどのような工夫をすれば費用を削減できるのか、どれほど努力すれば生産性が上がるのかといった情報は、実際に作業を行っている部門のほうがよく知っていることがあります。

さらに、ある部門が改善に成功しても、その成果が別の部門の利益として計上されたり、部門間の予算配分が変更されたりすれば、改善を行った側が十分に報われない可能性があります。

たとえば、上流部門が努力して製造費用を削減したとします。ところが、企業全体の利益を考える経営者が、その成果の大部分を下流部門の利益や予算に回し、上流部門には改善の負担だけが残るとしたらどうでしょうか。上流部門は、次回から改善に積極的に取り組まなくなるかもしれません。

このように、企業全体にとって望ましい改善であっても、実際に改善を行う人や部門にとって得になるとは限りません。組織全体の利益と、個々の部門の動機を一致させることが、企業経営の重要な課題になります。

5. 情報の非対称性とインセンティブ――企業内部の難しい問題

改善できることを知っているのは誰か

企業内部で効率的な意思決定を行うためには、情報が必要です。しかし、組織のすべての情報を経営者が把握できるわけではありません。

現場の従業員や部門責任者は、設備の状態や作業の進め方、費用を削減する余地などについて、経営者より詳しい情報を持っている場合があります。こうした情報の偏りがあると、経営者は、改善が可能なのか、どれほどの努力が必要なのかを正確に判断できません。

しかも、現在の生産費用を把握することと、改善によって将来どれだけ費用を削減できるかを把握することは別の問題です。現場の担当者が改善の可能性を知っていても、その情報を伝えることで自分の負担が増えたり、改善の成果を他部門に移されたりするなら、情報を積極的に共有するとは限りません。

このため、情報を持つ側がその情報を隠したり、改善の可能性を十分に伝えなかったりする問題が生まれます。

インセンティブを設計する必要がある

この問題を解決するには、単に指示を出すだけでは不十分です。改善に取り組んだ人や部門が、その努力に見合う利益を得られるようにすることが重要です。経済学では、こうした行動を促す仕組みを**インセンティブ(誘因)**と呼びます。

たとえば、改善による費用削減の一部を部門の評価や報酬に反映させれば、現場は改善に積極的に取り組むようになるかもしれません。改善提案を評価する制度や、現場に一定の裁量を与える仕組みも、情報共有や努力を促す可能性があります。

ただし、報酬を単純な数値目標に結びつけるだけでは、別の問題が生まれることがあります。費用削減だけを評価すれば品質が低下したり、短期的な成果ばかりが重視されて長期的な改善が後回しになったりする可能性があるからです。

したがって、インセンティブを設計するときには、何を成果とみなすのか、どのような情報を使って評価するのか、意図しない行動を誘発しないかを考える必要があります。

市場取引と企業内取引では、情報と誘因の働き方が違う

市場取引では、改善した企業がより有利な条件を提示し、取引を拡大することで利益を得られる場合があります。これに対して企業内取引では、部門間の成果や利益をどのように配分するかを、企業内部の制度や経営判断が左右します。

市場取引には、取引条件を通じて努力の成果が報われる仕組みがある一方、契約や交渉に費用がかかります。企業内取引には、経営者が全体を調整できる利点がある一方、情報の偏りや部門間の利害対立によって改善の動機が弱まる可能性があります。

この違いを理解することで、「外注すれば安い」「内製すれば管理しやすい」といった単純な判断では捉えられない、企業の意思決定の難しさが見えてきます。

6. 取引費用――市場で取引するにもコストがかかる

取引価格以外にも費用は発生する

市場で商品やサービスを購入するとき、買い手が支払うのは商品価格だけではありません。適切な供給者を探し、品質や条件を比較し、契約を交渉し、納期や品質を確認し、問題が起きたときに対応するためにも、時間や人員、費用が必要です。

こうした市場取引に伴う費用を取引費用といいます。

たとえば、企業が特殊な部品を外部から購入する場合、単価が安い供給者を見つけても、品質が安定せず、納期の遅れが頻繁に発生するなら、検査や調整に多くの費用がかかります。最初の価格だけを比較すると安く見えても、取引全体で必要となる費用を考えると、必ずしも有利とは限りません。

また、取引相手との交渉が難航すれば、契約成立までに時間がかかります。契約に書かれていない事態が起きれば、責任の所在や追加費用の負担をめぐって争いが生じることもあります。

このような取引費用を考慮すると、企業が市場で購入するか、自社の内部で生産するかという判断は、単価の比較だけでは決められないことがわかります。

企業内部にも費用がかかる

一方、仕事を社内で行えば取引費用がなくなるとしても、企業内部で費用が発生します。従業員を採用し、教育し、評価し、部門間を調整し、経営者が現場を管理する必要があるからです。

組織が大きくなると、意思決定の階層が増え、情報が伝わるまでに時間がかかることがあります。部門ごとに目標が異なれば、全社最適よりも部門の利益を優先する行動が生まれるかもしれません。

したがって、企業内部に仕事を取り込めば、市場での交渉費用を減らせる場合がある一方、管理や調整に必要な費用が増えることもあります。

企業の境界を決めるうえでは、市場取引の費用と企業内部の管理費用を比較することが重要です。

企業の境界は、取引の性質によって変わる

取引費用の大きさは、すべての取引で同じではありません。標準化された製品を多数の供給者から購入できる場合には、価格を比較して取引相手を選びやすくなります。反対に、特定の企業向けに専用設備を設置する必要がある場合や、品質・納期の条件が複雑な場合には、契約や調整に大きな費用がかかる可能性があります。

たとえば、一般的な事務用品であれば、複数の業者から見積もりを取って購入先を変更することは比較的容易です。しかし、特定の製造ラインに合わせて設計された専用部品の場合、供給者を変更するには設計変更や設備投資が必要になるかもしれません。

このような場合、取引相手との調整や契約管理が重要になり、長期契約や企業内部での生産など、別の形態が有利になる可能性があります。

ただし、取引費用が高いからといって、必ず自社生産に切り替えるべきだというわけではありません。外部企業の専門性が高い場合や、自社で生産するための設備投資が大きい場合には、外部委託のほうが効率的なこともあります。最終的には、取引の特徴と企業の能力を踏まえた判断が必要です。

7. 企業と市場をどう使い分けるか

外注か内製かは、価格だけで決められない

企業が外部委託と内製を比較する場合、まず注目されるのは価格や直接的な生産費用です。しかし、実際には品質の安定性、納期、情報共有、改善への意欲、契約の管理費用なども重要になります。

外部の専門企業が高い技術力を持ち、複数の顧客を相手に効率的な生産を行っているなら、外注によって大きな利益を得られる可能性があります。反対に、工程間の緊密な調整が不可欠で、外部企業との交渉が頻繁に発生するなら、内製化によって全体の調整が容易になるかもしれません。

さらに、企業の判断は一度決めたら終わりではありません。技術の進歩によって外部の供給者が増えたり、標準化が進んで取引相手を変更しやすくなったりすれば、外注の利点が大きくなることがあります。逆に、特定の技術への依存が強まり、供給の安定性が重要になれば、内製化や長期的な提携が有利になる場合もあります。

企業と市場は、競争と協力を組み合わせる仕組みでもある

現実の企業活動では、すべてを市場に任せるか、すべてを社内で行うかという二者択一になるとは限りません。外部企業から部品を購入しながら、共同で研究開発を行うこともできます。重要な工程を社内で担いながら、一部の業務を外部に委託することもできます。

こうした組み合わせでは、市場の専門性や競争の利点を利用しながら、長期的な協力や社内調整によって取引の不確実性を抑えることができます。

企業と市場の関係を理解することは、企業がどこまでの仕事を自社で担うべきかを考えるだけでなく、企業間の提携、長期契約、共同開発などをどう設計するかを考えることにもつながります。

8. 企業と市場を理解するためのまとめ

企業と市場の違いは、単に仕事を社内で行うか、外部に発注するかという違いではありません。誰が価格や生産量を決めるのか、情報を誰が持っているのか、改善の成果を誰が受け取るのか、取引や管理にどの程度の費用がかかるのかという、経済活動の仕組みそのものに関わる問題です。

双方独占の分析からは、上流企業と下流企業がそれぞれ利益を最大化しようとすると、二重限界化などによって全体の効率性が損なわれる場合があることがわかります。工程を統合すれば全体の利益を考慮しやすくなりますが、企業内部では情報の偏りや部門間の利害対立が生じ、改善の努力が十分に報われない可能性もあります。

市場取引には、価格や取引条件を通じて改善の成果が利益に結びつくという強みがあります。一方で、供給者を探し、契約を結び、品質や納期を確認するための取引費用が発生します。企業内部に仕事を取り込めば市場での交渉を減らせることがありますが、管理や調整の費用が増える場合もあります。

したがって、企業の境界を決める際には、外注と内製のどちらかを一律に優れていると考えるのではなく、取引の性質、情報の偏り、改善へのインセンティブ、取引費用、企業内部の管理費用を総合的に比較する必要があります。

企業は、市場の代わりに存在するだけの組織ではありません。市場取引と企業内部の活動を組み合わせながら、経済活動をどのように調整すれば効率的になるのかを探る仕組みなのです。