企業が国内だけで事業を行っている時代には、「自社の技術をどう管理するか」という問題だけでもかなり複雑である。ところが、企業が世界市場へ進出すると、技術経営は一気に難しくなる。
日本の研究所で開発した技術をアメリカで販売するだけなら、まだ話は単純である。しかし、アメリカの顧客はアメリカの研究者にしか分からないニーズを持ち、中国には中国の市場事情があり、欧州には欧州独自の規制や顧客特性がある。その一方で、世界中の研究所がそれぞれ勝手に研究を始めれば、同じ技術を別々の場所で重複開発することになる。
そこで生まれるのが、グローバル・テクノロジーマネジメントという考え方である。
これは単に「海外にも研究所をつくる」という話ではない。世界各地に分散した市場、人材、研究開発拠点、技術、知識、資金を、企業全体の戦略の中でどう組み合わせるかという問題である。
このテクノロジーマネジメントを、企業の技術課題を解決し、技術投資について意思決定し、それを実行する活動として捉え、その目的を「技術投資の費用対効果を最大化すること」としている。
ここから考えると、グローバル・テクノロジーマネジメントの本質は、「世界中で研究開発をすること」ではない。
世界中に存在する技術資源を、企業の価値創造に結びつけることなのである。
- 技術経営は「研究開発部門だけの仕事」ではない
- 「技術経営の健康診断」という発想
- グローバル企業では「本社が全部決める」ことができない
- 「世界標準」と「現地最適」の間で
- 日本企業のグローバル化は「輸出」から始まった
- 「世界中に研究所がある」だけではグローバルR&Dにならない
- 技術戦略は「技術マップ」から始まる
- 「技術がないから新事業ができない」ではない
- グローバルR&Dでは「事業」を分解して考える
- 技術戦略の本当の仕事は「技術課題を発見すること」
- 「速く研究する」だけでは勝てない
- 世界戦略で最も難しいのは「統合」と「分散」の両立
- 「世界中の優秀な人材を一つの頭脳にする」
- 2002年のMOTから2026年のMOTを見る
- 技術経営の視点が「企業」から「世界の知識ネットワーク」へ広がる
技術経営は「研究開発部門だけの仕事」ではない
この考え方を理解するためには、まずテクノロジーマネジメントそのものを広く捉える必要がある。
技術経営というと、研究開発費をいくら使うか、研究所をどこに置くか、どんな技術を開発するか、といった問題を思い浮かべやすい。
テクノロジーマネジメントの主要な施策として、研究開発マネジメント、経営戦略と技術戦略の連結、技術戦略の立案、技術投資の組織化・効率化、技術人材の開発、経営資源の充実と有効活用が挙げられている。
つまり、技術経営は、
技術 → 研究開発 → 人材 → 投資 → 経営戦略 → 事業
という一連の流れをつなぐ仕事なのである。
この視点に立つと、CTO(Chief Technology Officer)の役割も分かりやすくなる。
CTOは単なる「会社で一番偉い技術者」ではない。経営戦略と技術戦略を結びつけ、技術投資をどこへ向けるかを考え、研究開発組織を動かし、企業全体の競争力につながる技術ポートフォリオをつくる役割を担う。
したがって、技術経営の問題は「研究所をどう管理するか」ではなく、「企業の未来をつくるために、技術という資源をどう配分するか」という問題になる。
「技術経営の健康診断」という発想
技術経営を「診断」しようとする発想である。
SRIインターナショナルの方法論をもとに、企業のテクノロジーマネジメントをベンチマーキングする仕組みが紹介されている。
たとえば、技術者の育成、人事交流、インセンティブ、技術投資評価、資源配分、R&D組織、技術ナレッジの情報化、外部情報の活用、社内外の連携、外部パートナーの活用、技術戦略の実行、技術カルチャー、R&D成果、技術移転、R&Dのグローバル化、競争力、財務的成果など、多数の項目から企業の技術経営能力を評価する。
つまり、
「うちの会社は技術力があります」
という自己評価だけでは不十分なのである。
重要なのは、
「技術力を事業成果につなげる仕組みが、本当にできているのか」
という問いである。
これは現在の企業経営にも非常に重要な視点だろう。
たとえばAIの研究者を大量に採用した企業があったとしても、AI研究者が事業部門と連携できなければ、研究成果が製品にならないかもしれない。逆に、研究開発費が少なくても、外部技術を上手に取り込み、社内の技術と組み合わせる能力が高ければ、大きな成果を生むことがある。
したがって、「技術力」という言葉を研究者の能力だけで捉えてはいけない。
技術を発見し、評価し、投資し、組み合わせ、事業へ移転する組織能力そのものが技術力なのである。
グローバル企業では「本社が全部決める」ことができない
企業が世界へ進出すると、次の問題が発生する。
本社はどこまで決めるべきなのか。
たとえば、日本の本社が「世界で売れる製品」を考え、アメリカ、欧州、アジアの各拠点へ同じ商品を送り込む方法がある。
これは効率的である。
しかし、世界の市場は同じではない。
消費者の所得、生活習慣、文化、法規制、競合企業、流通制度などが異なるからである。
そこで必要になるのが、統合と権限委譲の組み合わせである。
グローバル戦略を展開する際に、世界全体としての戦略を統合しながら、地域市場には一定の権限を委譲する考え方が示されている。まず戦略事業と地域市場のマトリックスをつくり、そのうえで日本、アジア、北米、欧州などの地域ごとに市場セグメントと技術製品の関係を整理する。
この考え方は非常に重要である。
世界企業だからといって、すべてを標準化すればよいわけではない。
逆に、各国の現地法人にすべて任せればよいわけでもない。
そこで、
「何を世界共通にするのか」
と
「何を現地に任せるのか」
を分ける必要がある。
「世界標準」と「現地最適」の間で
この問題は、現在のグローバル企業でも繰り返し現れる。
スマートフォンを考えてみると分かりやすい。
基本的なOS、プロセッサー、通信技術、セキュリティなどは世界共通化したほうが効率的である。一方で、通信規格、決済方法、アプリケーション、デザイン、販売チャネルなどには地域差がある。
自動車でも同じである。
エンジンやプラットフォームなどの基盤技術はグローバルに共通化できるが、道路事情、環境規制、顧客の嗜好、価格帯などは地域によって異なる。
したがって、グローバル・テクノロジーマネジメントは「世界共通化」ではない。
むしろ、
世界共通にする部分と、地域ごとに変える部分を設計すること
なのである。
地域市場に対応する新製品開発やマーケティングには現地の人材を活用しながら、基本技術や全社共通の戦略技術については本社の技術企画部門が統括する。
これは現在の言葉でいえば、グローバルな「プラットフォーム」とローカルな「アプリケーション」を組み合わせる発想にも近い。
日本企業のグローバル化は「輸出」から始まった
日本企業がグローバル企業へ変化していく過程についても興味深い説明をしている。
最初は、日本国内の工場で競争力のある製品をつくり、それを海外へ輸出する。
海外で売れるようになると、現地に販売拠点を設ける。
さらに販売量が増えると、現地生産へ移行する。
そして最終的には、現地市場向けの商品を現地で研究開発するようになる。
つまり、
国内生産 → 海外販売 → 海外生産 → 海外研究開発
という流れである。
この変化は、企業の「国際化」の意味を考えるうえで非常に重要である。
工場を海外に移しただけでは、本当の意味で企業活動がグローバル化したとは言い切れない。
なぜなら、意思決定も技術も商品企画もすべて日本に残っていれば、海外拠点は単なる「生産場所」だからである。
ところが、海外で商品企画を行い、海外の研究者が技術開発を行い、その成果が世界の他地域へ移転されるようになると、企業そのものの知識構造がグローバルになる。
ここにグローバル・テクノロジーマネジメントの本質がある。
「世界中に研究所がある」だけではグローバルR&Dにならない
これは特に重要な点である。
世界各地に研究所を設置すれば、それだけでグローバルR&Dになるわけではない。
もし日本の研究所、アメリカの研究所、欧州の研究所がそれぞれ別々に研究していたら、単に「研究所が世界各地にある会社」にすぎない。
グローバルR&Dに必要なのは、研究開発拠点同士が知識を交換し、役割分担を行い、企業全体の戦略と結びついていることである。
そのためには、世界中の研究者が、
「自分は会社の何を実現するために研究しているのか」
を理解していなければならない。
企業のミッションとゴールを事業部、部門、個人レベルまでブレークダウンし、世界に分散するR&Dエンジニアが、自分の研究開発が企業ミッションとどう整合し、どのような利益に貢献するのかを認識する必要があると指摘している。
これは非常に現代的な問題でもある。
世界中に優秀な研究者がいる企業ほど、「研究者を集めること」よりも「研究者の知識を一つの方向へ結びつけること」が難しくなるからである。
技術戦略は「技術マップ」から始まる
グローバル・テクノロジーマネジメントを具体的に進める方法として、「事業・市場マトリックス」と「技術マップ」という考え方が登場する。
まず、「どの市場で、どの事業を狙うのか」を整理する。
その後、その事業を実現するために「どの技術が必要なのか」を対応させる。
マルチメディア事業の例では、産業用、オフィス用、個人用といった市場区分と、通信、コンピュータ、半導体、エレクトロニクスなどの事業・製品領域を組み合わせている。そして、それに対応する技術マトリックスをつくることで、新規事業への参入に必要な技術課題を明らかにしている。
これを簡単に言えば、
「この事業をやりたい」
↓
「この市場を狙いたい」
↓
「そのためには、この技術が必要だ」
↓
「その技術は自社にあるのか」
↓
「なければ開発するのか、買うのか、提携するのか」
という流れである。
これが技術戦略の基本的な考え方になる。
「技術がないから新事業ができない」ではない
ここまでくると、MOTの面白いところが見えてくる。
新事業を考えたとき、必要な技術が自社に存在しないことは珍しくない。
その場合、
「技術がないから、この事業はできない」
と考える必要はない。
むしろ、
「その技術をどう獲得するか」
を考える。
自社研究開発なのか。
大学との共同研究なのか。
企業買収なのか。
技術ライセンスなのか。
ベンチャーとの提携なのか。
外部研究機関との共同開発なのか。
つまり、技術戦略とは「自社の技術を管理すること」だけではなく、必要な技術を企業の外部も含めてどう調達するかを考えることでもある。
この発想は、後に登場するオープンイノベーションにもつながっていく。
グローバルR&Dでは「事業」を分解して考える
グローバルR&D戦略を構築するためには、まず事業戦略そのものをセグメント化する必要がある。
ターゲットとする事業領域を定めた後、「事業・市場マトリックス」をつくり、有望な事業を位置づける方法が示されている。さらに、それに対応する技術マトリックスをつくることで、新事業に必要な技術を具体化する。
これは非常に重要な発想である。
「通信事業」という巨大なカテゴリーだけでは、必要な技術は見えてこない。
産業用なのか、オフィス用なのか、個人用なのか。
データなのか、音声なのか、画像なのか。
ハードウェアなのか、ソフトウェアなのか。
ネットワークなのか、端末なのか。
こうして事業を細かく分解していくことで、初めて「どの技術が重要なのか」が見えてくる。
この方法は現在でも、AI、半導体、ロボット、医療、エネルギーなどの複雑な産業を分析するときに有効である。
技術戦略の本当の仕事は「技術課題を発見すること」
技術戦略をつくるときに、最も重要なのは「技術開発計画」を先につくることではない。
先に、
「事業を成功させるために、どの技術課題を解かなければならないのか」
を発見することである。
事業部門ごとに内部分析と外部分析を行い、事業戦略から戦略技術課題を抽出し、それを全社レベルで統合していく構造が示されている。多角化したグローバル企業では、全社技術企画部門によるリーダーシップのもとで、全社的に効率的な技術戦略を実行する必要があるとされている。
この考え方は、前回扱った新製品開発ともつながっている。
商品開発では、
「顧客が何を求めているか」
から商品コンセプトをつくった。
グローバル・テクノロジーマネジメントでは、
「企業がどの市場・事業を狙うのか」
から必要な技術課題を抽出する。
つまり、
市場 → 事業 → 技術
という逆算が行われるのである。
「速く研究する」だけでは勝てない
技術経営の難しさは、さらに時間軸を考えるとよく分かる。
技術開発には時間がかかる。
ところが、市場の変化は速い。
研究開発を始めてから利益を得るまでの期間は長期的に短縮しており、同時に新製品のライフサイクルも短くなっていた。情報通信や半導体などでは研究開発期間の短縮が進む一方、医薬品のように技術開発の高度化によって開発期間が長期化する分野もあった。
ここから重要な問題が生まれる。
早く出せば必ず勝てるわけではない。
しかし、遅すぎれば市場を他社に取られる。
さらに、先行して商品を出しても、その後すぐに技術が陳腐化すれば投資を回収できない。
つまり技術経営とは、
「何を開発するか」だけでなく、「いつ開発するか」
を決める仕事でもある。
これはAI、半導体、量子技術、バイオテクノロジーなど、現在の先端技術にもそのまま当てはまる。
世界戦略で最も難しいのは「統合」と「分散」の両立
ここまでの内容を一つにまとめると、グローバル・テクノロジーマネジメントには、一見すると矛盾する二つの要求が存在する。
一つは統合である。
企業全体として共通のミッションを持ち、重要な技術を共有し、重複投資を避け、世界中の研究成果を活用する必要がある。
もう一つは分散である。
地域市場の違いを理解し、現地の顧客に対応し、現地の研究者の知識を活用しなければならない。
したがって、
中央集権だけでは駄目であり、完全な分権でも駄目である。
本社は全社戦略とキーテクノロジーを統合し、地域拠点には市場に近い部分の意思決定を委ねる。
この「統合しながら分散する」という組織設計こそ、グローバル・テクノロジーマネジメントの核心なのである。
「世界中の優秀な人材を一つの頭脳にする」
グローバル企業が世界各地に研究開発拠点を持つようになると、研究者の数が増えるだけではない。異なる文化、専門知識、経験、市場情報が企業の中に蓄積される。
しかし、これらが互いに孤立していれば、企業全体としての知識にはならない。
そこで必要になるのが、ミッションの共有、技術知識の共有、研究成果の移転、拠点間の連携である。
グローバル規模でイノベーションを成功させるためには、グローバル・ミッションの共有を徹底することが不可欠であり、世界規模でイノベーティブな人材を有効活用できる企業がグローバル競争で優位に立つと整理している。
グローバル企業の強さは、世界中に拠点があることではない。世界中の知識を一つの企業能力に変換できることにある。
2002年のMOTから2026年のMOTを見る
この節が書かれた2002年と現在では、技術環境は大きく変わった。しかし、基本的な問題はむしろ鮮明になっている。
当時はマルチメディア、通信、半導体、コンピュータ、インターネットなどが急速に融合していた。
現在はAI、半導体、クラウド、ロボット、バイオ、量子、エネルギーなどが複雑に結びついている。
つまり、技術が複雑になればなるほど、一企業の一研究所だけですべてを開発することは難しくなる。
そこで、
どの技術を自社で持つのか。
どの技術を外部から導入するのか。
どの研究を日本で行い、どの研究を海外で行うのか。
どこまでを世界共通化し、どこからを地域最適化するのか。
世界中の研究者をどう一つのミッションに結びつけるのか。
という問題が重要になる。
これは2002年のグローバル・テクノロジーマネジメントが現在にも残している大きなテーマである。
技術経営の視点が「企業」から「世界の知識ネットワーク」へ広がる
ここまで考えると、MOTの意味がさらに広く見えてくる。
技術経営とは、企業内部の研究開発を効率化するだけの学問ではない。
世界のどこに技術が存在するのか。
どこに優秀な研究者がいるのか。
どの市場に新しい需要が生まれているのか。
どの技術が将来の事業を支えるのか。
その技術をどこで開発し、誰と組み、どの市場へ投入するのか。
そして、その成果を企業全体でどう共有するのか。
こうした問いを一つの体系として考えるのがグローバル・テクノロジーマネジメントである。
前回の新製品開発が「顧客の欲しい価値をどう商品にするか」という問題だったとすれば、今回はそこからさらに一段上がって、
「その商品を生み出すための技術能力を、世界規模でどう構築するか」
という問題を扱っている。
そして、その先にあるのが次の「産学連携マネジメント」である。
企業だけでは持てない知識や技術を、大学や研究機関、ベンチャーなど外部の知識源とどう結びつけるのか。
ここまで進むと、MOTは「企業の技術管理」から、企業・大学・ベンチャー・研究機関・市場をつないで新しい知識と産業を生み出す仕組みへと広がっていく。
この流れは、現在のオープンイノベーション、産学連携、スタートアップ・エコシステム、さらにはAI時代の技術覇権を考えるうえでも非常に重要な視点を提供している。
