ポスト工業社会では、工場で大量の製品を生産することだけでなく、医療、介護、保育、教育、接客、専門サービスなど、人々の生活を支える仕事が経済の重要な部分を占めるようになります。それに伴って、社会が必要とする福祉のあり方も変わります。

かつての福祉国家は、比較的安定した雇用と家族生活を前提として、失業、病気、老後などのリスクに対応してきました。しかし、女性の就業拡大、家族形態の多様化、少子高齢化、サービス経済の成長が進むと、従来の制度だけでは対応しにくい問題が生じます。

ここで問われるのは、福祉国家を単純に拡大するか、それとも縮小して市場に任せるか、ということだけではありません。雇用を増やし、家族の生活を安定させ、社会保障を持続可能にするために、労働市場・家族・福祉国家の関係をどう組み替えるかという問題です。

この議論の重要な特徴は、福祉政策を「困った人を助ける仕組み」としてだけでなく、人々が働き、学び、家族を形成し、将来のリスクから立ち直るための社会的な基盤として捉えていることです。

Contents

1. 福祉レジームはなぜ変わりにくいのか

制度は法律だけでなく、人々の価値観によって支えられている

福祉国家の制度は、国によって大きく異なります。北欧諸国では、公共サービスや社会保障を広く整備する社会民主主義的な仕組みが発達しました。大陸ヨーロッパや東アジアでは、家族の役割や社会保険を重視する傾向がみられます。一方、アメリカなどの自由主義的な国では、市場を通じた福祉の提供や、対象を限定した公的扶助が重視されてきました。

こうした違いは、単に政府がどのような政策を選んだかというだけでは説明できません。労働運動の強さ、階級間の力関係、国家と宗教の歴史、家族に対する考え方などが、制度の形成に影響しています。

さらに重要なのは、いったん形成された制度が、人々の行動や期待を通じて自らを再生産することです。たとえば、家族が介護や育児を担うことを当然とする社会では、公共サービスへの需要が弱まり、家族に依存する制度が維持されやすくなります。反対に、保育や介護を公共サービスとして整備してきた社会では、人々がそれらを利用しながら働くことが一般的になり、制度を支える社会的な支持も生まれます。

制度は社会の中に敷かれた「レール」のようなものです。新しい問題が発生しても、社会は慣れ親しんだレールに沿って解決策を探そうとします。そのため、政治の左右が入れ替わったとしても、福祉レジーム全体が大きく変わるとは限りません。

三つの「人間類型」が示す福祉観の違い

福祉制度の違いを理解するために、社会を支える価値観を三つの理念型に整理できます。これは現実の人間を三種類に分類するものではなく、政策をめぐる考え方の違いを明らかにするためのモデルです。

自由主義的人間は、個人の自立と選択の自由を重視します。市場で働き、所得を得て、自分の生活を自分で築くことが基本です。政府の介入は必要最小限にとどめ、困窮した人には対象を限定した公的扶助や慈善によって対応すべきだと考えます。

家族主義的人間は、家族や親族の結びつき、生活の安定、相互扶助を重視します。家族は、個人が安心して暮らすための中心的な基盤です。国家や社会は家族を支えるべきですが、福祉の責任を家族から切り離しすぎることには慎重です。

社会民主主義的人間は、社会全体でリスクを分かち合うことを重視します。福祉は慈善ではなく、誰もが安心して暮らし、能力を発揮するための共同の仕組みです。公共サービスや所得保障を通じて、出身家庭や経済状況による不利を小さくしようとします。

現実の人々は、この三つの考え方をさまざまな割合で持っています。家族を大切にしながら市場での自立を求める人もいれば、公的支援を支持しながら、税負担や制度の公平性を気にする人もいます。社会の制度は、こうした価値観の組み合わせと政治的な力関係によって形成されます。

古い制度のままでは、新しいリスクに対応できない

問題は、社会が変わっても、制度を支える価値観や政治的な連合が過去のまま残りやすいことです。たとえば、高齢者向けの年金や医療給付は、すでに制度を利用している人々にとって生活の基盤となっています。一方で、子育て世帯や若年層が直面する雇用不安、教育費、住宅費、育児と仕事の両立などは、従来の制度の中では十分に扱われないことがあります。

制度改革が難しいのは、単に政策担当者に知恵がないからではありません。既存の受益者、社会に定着した規範、政治的な支持基盤が結びついているからです。

したがって、ポスト工業社会にふさわしい福祉を実現するには、制度の一部を修正するだけでなく、誰のどのようなリスクを優先して支えるのかという社会的な合意をつくり直す必要があります。

2. 福祉・雇用・家族を同時に最適化する

三つの領域は互いに支え合っている

ポスト工業社会の福祉を考えるうえで重要なのは、労働市場、家族、福祉国家を別々の問題として扱わないことです。三者は相互に依存しています。

労働市場で多くの人が働けば、家計の所得が増えるだけでなく、税や社会保険料を通じて福祉制度を支える財源も増えます。家族が安定した所得を得られれば、子育てや生活設計がしやすくなります。保育や介護などのサービスが利用できれば、家族の誰かが仕事を諦めてケアに専念する必要も小さくなります。

反対に、雇用が不安定になり、家族が十分な所得を得られず、必要なサービスも利用できない場合、困難は連鎖します。仕事を失った人が再就職できず、所得が減り、子どもの教育機会が損なわれ、次の世代にも不利が引き継がれる可能性があります。

そのため、福祉政策は所得を補うだけでは不十分です。雇用を生み出す条件、家族が働き続けられる条件、失業や低賃金による困窮が長期化しない条件を、同時に整える必要があります。

雇用の拡大にはサービスへの需要が欠かせない

製造業の生産性が上がると、少ない人数で多くの製品を生産できるようになります。しかし、医療、介護、保育、教育、飲食、対人サービスなどは、人が直接関わることが重要であり、生産性を機械的に高めることには限界があります。

このため、工業化の時代と同じように、製造業が大量の雇用を生み続けることを期待するのは難しくなります。新たな雇用を増やすには、サービス産業が成長することが重要です。

ここで問題になるのが、サービスの価格と賃金です。サービスの提供に多くの労働時間が必要であれば、賃金が上昇するほどサービス価格も高くなりやすくなります。価格が高すぎれば、家計は保育、家事支援、介護などを十分に購入できません。需要が小さければ、サービス分野の雇用も増えにくくなります。

つまり、サービス経済で雇用を増やすには、仕事を供給する側だけでなく、サービスを利用する側の家計にも目を向けなければなりません。所得を得る人が増え、家事や育児などを外部サービスに任せられるようになると、サービス需要が生まれ、そこで働く人の雇用も増える可能性があります。

家族の安定には、所得だけでなく利用可能なサービスが必要

家族にとって必要なのは、現金収入だけではありません。働くためには保育が必要ですし、病気や高齢化に対応するには医療や介護が必要です。これらのサービスが高額であったり、利用できる場所が限られていたりすれば、家族の誰かが仕事を減らしたり、離職したりせざるを得ないことがあります。

特に、家族の中で一人だけが稼得を担うモデルは、その人の失業や病気によって世帯全体が困窮するリスクを抱えています。複数の家族成員が働ける環境は、所得を増やすだけでなく、世帯が一つの雇用に依存する危険を小さくします。

ただし、共働きが広がるだけでは問題は解決しません。保育や介護の負担が家庭内に残されたままなら、仕事とケアの両立が難しくなります。家族が安定して働けるようにするには、適切な所得、利用しやすい社会サービス、失業や低賃金に対する所得保障、そして技能を身につける機会が必要になります。

3. 家族に福祉の責任を戻すだけでは解決しない

家族主義的な改革の限界

福祉国家の支出を抑えたいとき、政府が担ってきた仕事を家族に戻すという考え方が浮かびます。育児や介護を家族で支え合えば、公的なサービスにかかる費用を減らせるように見えるからです。地域や家族のつながりを大切にするという意味でも、一見すると魅力的な方法です。

しかし、家族の役割を大きくするだけでは、ポスト工業社会の問題を解決できません。女性の教育水準が高まり、経済的自立や職業上のキャリアを求める人が増えているからです。無償の家事やケアを家族に集中させれば、本人の就業機会が失われるだけでなく、社会全体としても、教育を通じて身につけた能力や潜在的な税収を十分に活用できなくなります。

さらに、家族が一人の稼得者に依存する場合、その人の失業や賃金低下が世帯全体の危機につながります。家計を支えるために配偶者も働こうとしても、保育サービスが利用できなければ仕事と育児の両立は困難です。その結果、子どもを持つことを控える人が増え、少子化が進む可能性もあります。

したがって、「家族を重視する」という方針が、実際には家族に負担を押しつけるだけのものになっていないかを検討する必要があります。家族の力を生かすには、家族だけで解決できない問題を社会が支えることが重要です。

ケアを社会化することは、家族を弱めることではない

育児や介護を社会サービスとして提供する考え方は、家族の役割を否定するものではありません。家族が担うケアを支え、家族の成員が自分の生活や仕事を維持できるようにするものです。

たとえば、保育所を利用できれば、親は働きながら子どもを育てやすくなります。訪問介護やデイサービスが整備されれば、高齢者の生活を支えながら、家族の介護負担を軽減できます。家族の外部にサービスがあることで、ケアをする人とケアを受ける人の双方に選択肢が生まれます。

このように、家族が担ってきた福祉機能の一部を公共サービスや専門サービスが引き受けることは、家族の生活基盤を強化することにもつながります。重要なのは、家庭内の助け合いか公的支援かという二者択一ではなく、両者が無理なく共存できる仕組みをつくることです。

4. 市場に任せれば福祉も効率化するのか

民営化と規制緩和が期待するもの

福祉を市場に任せる立場からは、公的な再分配や労働市場の規制が強すぎると、人々の働く意欲や企業の雇用意欲が弱まると主張されます。税や社会保険料の負担を軽くし、賃金や雇用条件を柔軟にすれば、企業は人を雇いやすくなり、働く人も自分の努力によって所得を増やせるという考え方です。

市場の競争が働けば、サービスの効率が上がり、価格が下がる可能性もあります。政府がすべての福祉サービスを直接提供するより、民間企業や個人の選択に任せたほうが、需要に応じた柔軟なサービスが生まれるという期待もあります。

しかし、この考え方がうまく機能するには、必要なサービスを購入できる所得があり、企業が採算の合う形でサービスを提供でき、利用者が十分な情報を持って選択できることが必要です。こうした条件が満たされない場合、市場は社会のあらゆるリスクを引き受けることができません。

市場は支えやすい人を支え、支えにくい人を取り残す

市場の大きな問題は、支援の必要性が高い人ほど、サービスを利用しにくい場合があることです。

たとえば、民間の医療保険や年金は、十分な所得があり、保険料を継続して支払える人にとっては有効な仕組みになり得ます。しかし、所得が低い人にとっては保険料の負担が重く、必要な保障を確保できないことがあります。安定した雇用に就いている人が職場の福利厚生を利用できる一方、非正規雇用や小規模企業で働く人は同じ保障を受けられない場合もあります。

市場では、収益を確保しやすい利用者にサービスが集まりやすく、支援に多くの費用がかかる人や、支払能力が十分でない人が取り残される可能性があります。これは、価格や競争だけでは解決できない問題です。

また、民営化が必ずしも社会全体の費用を減らすとは限りません。公的な制度を縮小しても、家計が民間の医療保険、年金、保育、介護などに多く支出することになれば、負担の場所が変わっただけということもあります。事業者間の競争にかかる管理費用や販売費用も発生します。

つまり、公的支出が少ないことと、社会全体の福祉負担が小さいことは同じではありません。 誰が負担し、誰がサービスを利用でき、誰が保障から取り残されるのかまで見なければ、制度の効率性は判断できないのです。

アメリカとスウェーデンの比較から見えること

自由主義的な福祉と社会民主主義的な福祉の違いを考えるために、アメリカとスウェーデンの比較が役立ちます。

スウェーデン型の仕組みでは、政府が税を通じて広範な福祉サービスを提供します。そのため、公的な負担は大きくなりますが、医療、保育、所得保障などを社会全体で支えることができます。

一方、アメリカ型の仕組みでは、民間保険や企業の福利厚生など、市場を通じた福祉の比重が大きくなります。公的支出が少なくても、家計や雇用主が負担する費用まで含めれば、社会が福祉に使う資源は相当な規模になります。しかし、保障の範囲や水準が所得や雇用状況によって左右されやすくなります。

この比較が示すのは、政府か市場かという単純な対立ではありません。公的制度を縮小しても、医療や老後の生活に必要な費用が消えるわけではないということです。問題は、その費用をどのように分担し、支払い能力の違いが生活の安全性の大きな格差にならないようにするかにあります。

5. 「第三の道」としての積極的な福祉政策

女性の就業を支え、家族のリスクを分散する

市場への全面的な依存にも、家族への過度な依存にも限界があるとすれば、別の道を探る必要があります。ここで重要になるのが、社会民主主義的な政策の一部を活用し、家族、雇用、福祉の関係を組み替える考え方です。

その中心にあるのが、家族が担ってきたケアの一部を社会サービスとして提供することです。保育や介護のサービスが利用できれば、女性が家事や育児のために就業を断念する必要が小さくなります。共働き世帯が増えれば、世帯の所得源が複数になり、一人が失業した場合にも家計が直ちに破綻する危険を抑えられます。

また、保育サービスを利用しやすくし、育児休業や所得保障を整えることは、子どもを持つことに伴う経済的な負担を軽減する可能性があります。仕事か育児かという選択を迫られる状況を減らすことは、家族の生活の安定だけでなく、出生率の低下に対応するうえでも重要です。

サービスが新しいサービス雇用を生み出す

ケアを社会サービスとして提供することには、もう一つの意味があります。それは、新しい雇用を生み出す可能性です。

保育サービスが普及すれば保育士などの仕事が必要になります。高齢者が自宅で暮らし続けるための支援が充実すれば、訪問介護や家事援助などの仕事が生まれます。共働き世帯が増え、自由に使える時間が限られるようになれば、飲食、家事支援、余暇サービスなどへの需要も拡大する可能性があります。

このように、サービスが別のサービスへの需要を生み出すことがあります。家庭内で無償で行われていた仕事の一部が有償のサービスとして提供されれば、ケアを担っていた人が働きやすくなると同時に、新しい仕事も生まれます。

ただし、ここには難しい問題があります。対人サービスは労働集約的であり、提供に必要な人手を大きく減らすことが難しい分野です。価格を下げて多くの人が利用できるようにするには、賃金や運営費を抑える圧力が生じます。逆に、賃金や雇用条件を高く維持すれば、サービス価格が上がり、利用できる人が限られる可能性があります。

つまり、サービス雇用の拡大には、雇用を増やすことと、働く人の待遇を守ること、利用者が支払える価格にすることの調整が必要です。

社会民主主義にも、雇用と平等の緊張が残る

社会民主主義的な政策は、公共サービスと所得保障によって生活の安定を支えます。しかし、雇用の拡大と平等の実現が、常に自動的に両立するわけではありません。

サービスの価格を低くし、多くの雇用を生み出そうとすれば、賃金の低い仕事が増える可能性があります。一方、すべての仕事について高い賃金や強い雇用保障を求めると、企業が新たな人を雇うことをためらったり、サービス価格が上がったりすることがあります。

ここで重要なのは、単に賃金格差を容認するか、すべての格差をなくすかという二択に陥らないことです。賃金に差があったとしても、教育や職業訓練を通じて別の仕事に移る機会があり、低所得の時期が一生続くわけではなく、生活の基盤も保障されているなら、格差がもたらす不利益は小さくできます。

反対に、低賃金の仕事から抜け出す手段がなく、子どもも貧困のために教育機会を失い、次の世代も同じ状況に置かれるなら、格差は社会的排除へとつながります。

必要なのは、格差の存在だけを問題にするのではなく、その格差が人々の将来の可能性を閉ざしてしまうかどうかを見極めることです。

6. 平等を「いまの結果」から「将来の機会」へと捉え直す

すべての人を同じ状態にすることは可能なのか

福祉国家の目標を考えるとき、すべての人に同じ所得や同じ生活水準を保障することが平等だと考えたくなります。しかし、ポスト工業社会では、雇用の形態や賃金、働き方が多様化し、すべての人の結果を同じにすることは容易ではありません。

そこで重要になるのが、現在の所得や地位の差だけでなく、人々が将来にわたってどのような選択をできるのかという視点です。

たとえば、若い時期に低賃金の仕事に就いたとしても、その経験を通じて技能を身につけ、より安定した仕事に移ることができれば、低賃金の期間は一時的なものにとどまるかもしれません。一方、教育や訓練を受ける機会がなく、低賃金の仕事から抜け出せない場合には、同じ低賃金でも意味が異なります。

ここで必要なのは、誰もが一度も困難を経験しない社会をつくることだけではありません。困難に直面しても、そこから抜け出し、生活を立て直す機会を確保することです。

「乗り合いバス」の比喩が示すもの

この考え方は、乗り合いバスの比喩で説明できます。社会を一台のバスにたとえると、乗客はそれぞれ異なる停留所で乗り降りします。若いときには不安定な仕事を経験しても、その後に技能を身につけ、安定した職業へと進む人がいます。

重要なのは、現在どの席に座っているかだけではありません。希望する場所で降りられるのか、次の目的地に向かう機会があるのかということです。

この比喩から導かれるのは、福祉制度が人々を特定の状態に固定するのではなく、望ましくない状況から抜け出すための移動可能性を保障する必要があるという考え方です。

もちろん、これは低賃金や貧困を放置してよいという意味ではありません。本人が努力しても抜け出せない構造的な障壁を取り除き、生活が破綻しないように支えることが前提になります。

家族のリスクと技能不足を重点的に支える

生活機会を左右する問題として、特に重要なのが家族に関係するリスクと技能不足です。

家族の不安定化や児童貧困は、子どもの生活や教育に影響し、将来の就業機会まで狭める可能性があります。育児サービス、働く親への支援、十分な所得保障などは、家庭の経済的な困難が子どもの将来にまで及ぶことを防ぐために重要です。

もう一つの大きな問題は、労働市場で必要とされる技能を持たない人が取り残されることです。技術が進歩し、仕事の内容が変化すれば、以前は十分だった技能が通用しなくなることがあります。製造業で働いていた人がサービス産業に移る場合にも、技術的な知識だけでなく、対人コミュニケーションや状況に応じた対応力など、新しい能力が必要になることがあります。

そのため、教育は学校を卒業するまでのものではありません。職業生活の途中でも学び直し、新しい技能を身につけ、仕事を移ることができる仕組みが重要です。

職業訓練は「仕事のない人を待機させる制度」になってはならない

積極的労働市場政策や職業訓練は、失業者が再就職するための有力な手段です。しかし、訓練を受けさせれば必ず安定した仕事に就けるわけではありません。訓練と短期の仕事、失業を繰り返すだけでは、本人の将来を改善できない場合もあります。

重要なのは、訓練を実施したという実績ではなく、その後にどのような仕事へ移れたかという成果です。基礎的な読み書きや計算能力、理論的な理解、職業上の専門技能、対人サービスに必要な社会的技能などを、仕事の実態に応じて身につけられる必要があります。

また、働く人だけでなく、企業側にも技能育成への投資を促すことが大切です。低賃金の労働力に依存し、従業員の技能向上に投資しない企業が増えれば、社会全体として低技能・低賃金の状態が固定化するおそれがあります。

教育と職業訓練は、失業者を一時的に支援するだけの政策ではありません。人々がより生産性の高い仕事に就き、所得を増やし、社会保障を支える力を高めるための長期的な投資なのです。

7. 若年層と子育て世帯への支援を再設計する

高齢者への支援と若年層への支援をどう調整するか

福祉国家は、年金や医療などを通じて高齢者の生活を支えてきました。高齢期の貧困や病気に対応することは、福祉国家の重要な役割です。しかし、人口の高齢化が進むと、社会保障支出の中で高齢者向け給付の比重が大きくなり、若年層や子育て世帯への支援が相対的に不足する可能性があります。

若年層は、雇用の不安定さ、技能不足、住宅費、子育ての費用など、複数のリスクに同時に直面することがあります。こうした問題を放置すれば、将来の所得や就業機会が制限されるだけでなく、子どもの貧困を通じて不利が世代を超えて引き継がれるおそれがあります。

そのため、福祉支出を考える際には、どの世代にどれだけ支出しているかだけでなく、その支援が将来の生活機会や社会全体の持続可能性にどう影響するかを考える必要があります。

所得保障と技能形成を組み合わせる

低賃金の仕事で働く人に対し、所得を補う制度を設ければ、働いても生活が成り立たない状況を改善できます。勤労所得に応じて給付や税負担を調整する仕組みは、就労による収入の増加が不利益につながる「貧困の罠」を和らげる手段になり得ます。

しかし、所得補助だけでは十分ではありません。低賃金の仕事に就く人が多く、技能を身につける機会がなければ、所得補助は困窮を軽減しても、低賃金状態そのものを固定化する可能性があります。また、企業が低賃金を維持しやすくなるという副作用も考えられます。

したがって、所得保障を職業訓練、教育支援、就業機会の改善と組み合わせることが重要です。働くことを促すだけでなく、働く人がよりよい仕事へ移れるようにすることが、長期的な生活の安定につながります。

同時に、子どもが貧困の中で育つことを防ぐため、子育て世帯への所得保障や保育サービスを整える必要があります。福祉制度の重点を高齢者から若年層へ単純に移すのではなく、世代間の公平性と、将来にわたる社会の基盤づくりを両立させることが課題になります。

8. ポスト工業社会の福祉レジームをどう構想するか

市場・家族・国家のどれか一つに依存しない

ポスト工業社会に適した福祉レジームは、市場、家族、国家のいずれか一つにすべてを任せる仕組みではありません。

市場は、雇用を生み出し、サービスを提供し、経済活動を活発にする役割を担います。しかし、支払能力の低い人や支援に多くの費用がかかる人を取り残す可能性があります。

家族は、愛情や信頼に基づくケアと生活の支え合いを提供します。しかし、家族に過度な責任を負わせれば、働く機会を奪ったり、家族関係の不安定化によって深刻な困窮を生み出したりします。

国家は、所得保障や公共サービスを通じて、こうした市場と家族の限界を補うことができます。しかし、既存の制度や政治的な支持基盤に縛られれば、新しい社会的リスクに十分対応できない場合があります。

必要なのは、それぞれの強みを生かし、弱点を補い合う関係をつくることです。公共サービスによって家族が働けるようにし、教育と訓練によって市場での選択肢を広げ、所得保障によって失業や低賃金が生活の破綻につながらないようにする。その組み合わせが、福祉と雇用を同時に支える基盤になります。

福祉の目的を「保護」から「生活機会の保障」へ広げる

福祉は、失業や病気、老後などの危機が起きたときに所得を補うだけの仕組みではありません。人々が危機に陥る前にリスクを小さくし、困難に直面しても立ち直れるようにする仕組みでもあります。

そのためには、所得保障だけでなく、保育や介護、教育、職業訓練、就業支援などを一体的に整える必要があります。たとえば、失業した人に給付を行うだけでなく、新しい仕事に必要な技能を身につけられるようにし、再就職まで生活を維持できるようにすることが重要です。

また、子育て世帯への支援は、現在の生活を助けるだけでなく、子どもが将来にわたって不利な立場に置かれることを防ぐ投資でもあります。福祉政策は、目の前の困窮を和らげると同時に、将来の社会的排除を予防する役割を担います。

平等と雇用の対立を、社会全体の設計問題として考える

ポスト工業社会では、すべての仕事に同じ賃金や雇用条件を実現することだけを目標にすると、サービス雇用の拡大と衝突する場合があります。反対に、雇用の数を増やすことだけを優先すれば、低賃金や不安定な仕事が広がり、生活機会の格差が深刻になる可能性があります。

この対立を解決するには、賃金格差が存在しても、人々が教育や訓練を通じて仕事を移り、生活を立て直せる仕組みが必要です。同時に、低賃金の仕事に就いている期間にも、家族の生活が破綻せず、子どもが教育機会を失わないようにすることが重要です。

平等を、現在の結果を一律にそろえることだけで考えるのではなく、誰もが将来の選択肢を持ち、困難から抜け出せる可能性を保障することとして捉え直す。そのうえで、社会的な最低保障と、教育・訓練を通じた移動可能性を組み合わせることが、福祉と雇用の両立を考えるうえでの重要な方向になります。

9. 福祉国家の再構成が示すもの

ポスト工業社会の福祉国家が直面しているのは、社会保障を拡大するか縮小するかという単純な選択ではありません。雇用のあり方、家族の形、必要とされるサービスが変化するなかで、どのような制度が人々の生活を支え、社会全体の持続可能性を高めるのかという問題です。

市場への依存を強めるだけでは、支払能力の低い人や不安定な雇用に置かれた人が取り残されます。家族に責任を戻すだけでは、育児や介護を担う人の就業機会が制限され、家族の負担が重くなります。従来型の福祉制度をそのまま維持するだけでも、若年層や子育て世帯が直面する新しいリスクに対応しきれない場合があります。

そこで求められるのは、所得保障、公共サービス、雇用政策、教育・職業訓練を組み合わせ、生活上のリスクを小さくするとともに、困難から立ち直る機会を保障することです。特に、家族がケアを担うために仕事を諦めなくてもよい環境を整え、サービス産業で働く人の技能形成と生活の安定を支えることが重要になります。

この議論の核心は、福祉を経済成長のための単なる費用として扱わないことにあります。福祉は、人々が働き、学び、家族を形成し、将来の変化に対応するための社会的な基盤です。適切に設計された福祉制度は、人々を支えるだけでなく、雇用を生み出し、技能を育て、社会全体の生産力を高める可能性があります。

ポスト工業時代に求められるのは、格差をすべてなくすと約束する福祉でも、リスクを個人や家族に押しつける福祉でもありません。困難に直面しても生活が破綻せず、学び直しや仕事の移動を通じて将来を切り開ける社会をつくることです。 そのために、労働市場・家族・福祉国家の関係を再構成することが、これからの福祉レジームの中心的な課題となります。