1. 競争と協調は、なぜ同じ市場で生まれるのか
企業は競争相手に勝つために、価格を下げたり、製品を改良したり、新しいサービスを開発したりします。しかし、競争が激しくなるほど、企業同士が互いの行動を意識し、競争を避けようとする動きも生まれます。価格を下げれば自社の販売量を増やせる一方、ライバル企業も値下げすれば、業界全体の利益が減ってしまうからです。
産業組織論における「競争と協調」の問題は、この二つの力が企業の行動や市場の成果をどのように左右するのかを考えるものです。とりわけ重要なのは、少数の大企業が市場を占める寡占市場です。競争相手が多数いる市場では、一社の行動が市場全体に与える影響は比較的小さいかもしれません。しかし、競争相手が数社しかいない場合、一社の値下げや増産がライバル企業の利益を大きく変え、そのライバルの反応がさらに自社へ跳ね返ってきます。
例えば、国内で数社の大手企業が競い合う市場を考えてみましょう。ある企業が価格を引き下げれば、消費者はその企業に流れ、販売量が増える可能性があります。ところが、競合企業がすぐに追随して値下げすると、販売量の移動は小さくなり、各社の利益だけが減ってしまうかもしれません。反対に、各社が値下げを控えれば、価格は高めに保たれ、業界全体の利益が増える可能性があります。
つまり、企業にとって合理的な行動は、自社の費用や需要だけでは決まりません。競争相手が何をするか、そして自社の行動に競争相手がどう反応するかが重要になります。
ただし、協調には二つの異なる側面があります。技術開発や標準化、物流の効率化などで協力しながら製品やサービスを競うこともあれば、価格や生産量をそろえて競争そのものを弱めようとすることもあります。前者は消費者や社会に利益をもたらす場合がありますが、後者は価格上昇や選択肢の減少を招くおそれがあります。両者を区別することが、競争政策を理解する出発点です。
2. 寡占市場では、競争の仕方によって価格が変わる
2.1 生産量で競争するか、価格で競争するか
企業間の競争を分析するうえで、まず重要なのが、企業は何を競争の手段として選ぶのかという問題です。代表的なのは、生産量を決める競争と、価格を決める競争です。
生産量を競争の手段とする代表的なモデルが、クールノー・モデルです。企業はライバルの生産量を予想しながら、自社の生産量を決定します。市場全体の供給量が増えれば価格が下がるため、自社だけが増産することには限界があります。ライバルも増産するなら、自社の増産による利益はさらに小さくなります。
一方、企業が価格を競争の手段とするモデルが、ベルトラン・モデルです。企業はライバルの価格を意識しながら、自社の販売価格を決定します。同じ品質の商品を販売していて、消費者が安い商品を選ぶのであれば、ライバルより少しだけ安い価格を設定することで、顧客を獲得できる可能性があります。
この競争が続くと、企業は値下げを繰り返し、価格が限界費用に近づくことがあります。限界費用とは、商品をもう一単位生産するために追加的に必要となる費用です。価格が限界費用まで下がれば、企業は販売を増やしても、その追加販売から特別な利益を得られなくなります。
ただし、これは企業が同質の商品を販売し、供給能力などにも特別な制約がないといった条件のもとで得られる理論的な結果です。現実の市場では、ブランドへの愛着、品質の違い、生産能力、顧客の乗り換え費用などがあるため、価格が限界費用まで下がるとは限りません。
2.2 価格競争が激しくても、利益が残る場合がある
同じ商品を扱う企業同士なら、価格を下げた企業に需要が集中しやすくなります。しかし、商品に違いがあれば、消費者は必ずしも最安値の商品を選びません。
例えば、ある消費者は価格の安さを重視し、別の消費者は品質、使いやすさ、アフターサービス、ブランドの信頼性を重視します。企業がこうした違いを生み出すことができれば、多少高い価格を設定しても顧客を維持できます。
この点は、価格競争と企業の利益を理解するうえで重要です。企業は、単に価格を下げるだけでなく、価格以外の面で競争することもできます。商品を差別化することで、価格競争による利益の減少を抑えられる場合があるのです。
3. 製品差別化は、競争を弱めると同時に新しい競争を生む
3.1 消費者に「違い」を認識してもらう
製品差別化とは、自社の商品が他社の商品と異なると消費者に認識してもらうための企業行動です。違いは、性能や品質などの客観的な特徴だけでなく、デザイン、ブランド、広告、販売方法、購入後のサービスなどからも生まれます。
例えば、即席めんや清涼飲料水には、多数の類似商品があります。どれも基本的な用途は似ていますが、味、容量、健康イメージ、価格帯、パッケージなどによって、消費者の選択は変わります。企業はこうした違いをつくり、特定の消費者に選ばれる商品を目指します。
医薬品にも関連する例があります。先発医薬品とジェネリック医薬品は、承認された品質や有効性などの基準を満たすことが前提ですが、消費者や医療関係者が持つブランドへの信頼、情報の理解度、使用経験などが選択に影響する場合があります。商品について十分な情報がなければ、価格差だけでは需要が動かないこともあります。
製品差別化が進むと、企業は完全に同じ商品を販売している場合よりも、価格を自由に設定しやすくなります。消費者の一部が自社の商品を好んでくれるため、競合企業が少し安い価格を提示しても、すべての顧客が一斉に離れるとは限らないからです。
入門・産業組織.pdf
3.2 差別化は、消費者にとって良いことなのか
製品差別化には、二つの側面があります。
一つは、消費者が自分の好みや用途に合った商品を選べるようになることです。価格の安さを重視する人もいれば、耐久性やデザインを重視する人もいます。多様な商品が存在すれば、異なるニーズに応えやすくなります。
もう一つは、差別化が企業の市場支配力を強める場合があることです。ブランドへの強い愛着や、他の商品に切り替える際の手間があると、企業は競争相手より高い価格を設定しても顧客を維持できるかもしれません。広告によって商品の魅力が伝わる場合もありますが、広告が消費者の選択を特定のブランドに固定する方向に働くこともあります。
したがって、製品差別化は一概に良いとも悪いともいえません。消費者に実質的な選択肢を増やす差別化なのか、それとも乗り換えを難しくして競争を弱める差別化なのかを見極める必要があります。
4. プライス・リーダーシップ――一社の価格が業界全体を動かす
4.1 価格の主導企業と追随企業
寡占市場では、ある企業が価格を先に変更し、他社がその価格を参考にして追随することがあります。このような価格形成のあり方は、プライス・リーダーシップと呼ばれます。
例えば、ある業界で最大手企業が価格を引き上げたとします。他社が同じように価格を引き上げれば、業界全体の価格水準が上昇する可能性があります。反対に、最大手企業が価格を引き下げれば、競合企業も顧客を失わないように追随して値下げすることがあります。
価格を主導する企業は、必ずしも業界で最も大きな企業とは限りません。費用が低い企業、需要動向をつかむのが得意な企業、価格変更に関する情報を先に発信する企業などが主導的な役割を果たすこともあります。
重要なのは、価格を決める企業と、それを受けて行動する企業との間に、戦略上の違いがあることです。
4.2 価格の追随は、協調を意味するのか
企業が競争相手の価格変更に追随することは、直ちに違法な協調を意味するわけではありません。競争相手の価格を参考にして、自社にとって合理的な価格を選ぶことは、競争市場でも起こり得ます。
例えば、原材料費が業界全体で上昇した場合、複数の企業がそれぞれの判断で価格を引き上げることがあります。結果として価格が似通っても、それだけで企業間の合意があったとはいえません。
一方、競合企業同士が価格をそろえるために合意したり、価格競争を抑えるために情報交換を行ったりすれば、競争が損なわれるおそれがあります。市場で観察される価格の似通いと、企業間の反競争的な合意とは、区別して考える必要があります。
5. トリガー戦略――協調はなぜ長続きすることがあるのか
5.1 目先の利益と、将来の利益
企業間協調を理解するうえで重要なのが、繰り返しゲームという考え方です。企業が一度だけ競争するのであれば、協調を守るよりも、相手を出し抜いて目先の利益を得るほうが有利になる場合があります。しかし、同じ企業同士が何度も競争するのであれば、今日の行動が明日以降の利益に影響します。
例えば、同じ商品を販売する企業が、競争を抑えた価格水準を維持している状況を考えてみましょう。各社が協調を守れば、毎期、安定した利益を得られる可能性があります。
ところが、一社だけが少し値下げすれば、その企業に顧客が集中し、短期的には大きな利益を得られるかもしれません。協調を破る誘因が生まれるのです。
しかし、ほかの企業が値下げに気づき、対抗して価格を引き下げれば、協調的な価格水準は崩れてしまいます。最終的に各社が激しい価格競争に戻り、長期的な利益が小さくなる可能性があります。
このように、企業は「今日だけ協調を破って得られる利益」と「協調を守ることで将来にわたって得られる利益」を比較することになります。
5.2 トリガー戦略とは何か
トリガー戦略とは、相手が協調的な行動を続けている間は自分も協調を続ける一方、相手が協調を破った場合には、以後、協調をやめて競争的な行動に戻るという戦略です。
例えば、企業Aと企業Bが、互いに値下げを控えているとします。Aが値下げをすれば、Bはその行動をきっかけに価格競争へ移行します。Aは値下げした当初こそ顧客を獲得できるかもしれませんが、その後は利益の低い競争に直面します。
このとき、協調を破った後にどのような報復が起こるかを企業が予想できれば、協調を破る魅力は小さくなります。協調を守るほうが長期的に有利になるなら、企業は明示的な契約を結ばなくても、互いに協調的な行動を続ける可能性があります。
入門・産業組織.pdf
ただし、トリガー戦略による協調は、カルテルのような明示的な合意と同じものではありません。各企業が相手の行動を見ながら、自らの利益を考えて行動することで、結果として協調的な価格や生産量が維持される場合があります。このような行動は、暗黙の協調と呼ばれます。
5.3 協調を維持しやすい条件
協調が成立するかどうかは、企業が目先の利益をどれほど重視するかに左右されます。将来の利益を重視する企業ほど、協調を破った後に生じる損失を大きく評価しやすくなります。
また、競争相手の数や市場の透明性も関係します。競争相手が少なく、各社の価格や販売状況を把握しやすい市場では、協調を破った企業を見つけやすくなります。反対に、多数の企業が入り乱れ、価格変動の理由も分かりにくい市場では、協調的な行動を維持することが難しくなる場合があります。
需要や生産能力も重要です。需要が急増して各社の生産能力が上限に近づくと、価格を少し下げても販売量を大幅に増やせないため、協調を破る魅力が弱まることがあります。
入門・産業組織.pdf
もっとも、協調が維持されることは、必ずしも社会にとって望ましいことを意味しません。企業にとって安定した利益を生む協調が、消費者にとっては高い価格や選択肢の少なさにつながる可能性もあります。
6. 市場支配力――企業は価格をどこまで動かせるのか
6.1 市場支配力の意味
市場支配力とは、企業が市場での競争圧力からある程度独立して、価格などの取引条件に影響を与えられる力を指します。完全競争に近い市場では、個々の企業が価格を自由に引き上げることは難しくなります。一方、独占や寡占の市場では、企業が価格を引き上げても顧客がすぐには他社へ移らない場合があり、価格に対する影響力が強くなります。
市場支配力は、企業の規模が大きいことだけで決まるわけではありません。競争相手の数、参入のしやすさ、製品差別化、消費者が他社製品に切り替える容易さなど、さまざまな条件に左右されます。
例えば、ある地域で特定のサービスを提供する企業が一社しかなく、別の事業者が参入するにも大きな設備投資が必要だとします。この場合、顧客は簡単に他社へ乗り換えられないため、その企業は価格を引き上げやすくなるかもしれません。
6.2 市場支配力は、存在するだけで問題なのか
市場支配力を持つこと自体が、直ちに悪いわけではありません。新しい技術を開発した企業が、優れた商品によって大きな市場シェアを獲得することもあります。研究開発への投資を回収するために、一時的に高い利益を得ることが必要な場合もあります。
問題となるのは、市場支配力が競争を妨げる形で使われる場合です。例えば、競争相手を排除するために不当に低い価格を設定したり、取引先に不利な条件を押しつけたり、新規参入を不当に妨げたりすれば、市場の競争が弱まる可能性があります。
競争政策が重視するのは、単に大企業を小さくすることではありません。企業が努力や革新によって成長することを認めながら、競争相手が市場に参入し、消費者が実質的な選択をできる環境を維持することです。
7. 推測的変動――企業はライバルの反応をどう予想するのか
7.1 企業の予想が市場の結果を変える
企業は、自社の生産量や価格を変えたとき、競争相手がどのように反応するかを予想しています。この予想のあり方を分析する概念が、推測的変動です。
例えば、ある企業が増産した場合、競争相手も増産すると予想するなら、市場全体の供給量が増え、価格が下がる可能性があります。自社が増産しても利益が大きく増えるとは限らないため、企業は慎重な生産計画を選ぶかもしれません。
反対に、競争相手は自社の行動に反応しないと予想するなら、自社の増産による利益をより大きく見積もる可能性があります。つまり、同じ市場構造であっても、企業がライバルの反応をどう予想するかによって、選択される生産量や価格が変わることがあるのです。
7.2 競争的な予想と協調的な予想
競争相手の増産に対して、自社も増産する企業が多ければ、供給量が拡大し、価格が下がりやすくなる可能性があります。一方、ある企業が行動を変えたときに、他社も同じ方向へ反応すると予想される場合には、企業が一体となって動いているかのような結果が生まれることがあります。
こうした予想の違いを分析することで、クールノー型の生産量競争や、協調的な行動を含むさまざまな市場の均衡を考えることができます。推測的変動は、現実の企業行動を単純な一つのモデルだけで説明するのではなく、企業が競争相手の行動をどう見ているのかに注目するための考え方です。
入門・産業組織.pdf
ただし、推測的変動は企業の予想を表す概念であり、それだけで企業間の合意や違法な協調があったと判断できるわけではありません。実際の市場を分析するには、価格や生産量の動き、企業の費用、需要の変化、参入条件などもあわせて検討する必要があります。
8. 競争と協調をどう評価するか
競争と協調をめぐる議論では、「企業同士が協力しているかどうか」だけを見ても十分ではありません。重要なのは、何について協力しているのか、その結果として消費者や社会にどのような影響が生じるのかという点です。
| 企業の行動 | 期待される効果 | 注意すべき問題 |
|---|---|---|
| 価格競争 | 価格低下、消費者の選択肢の拡大 | 過度な値下げが企業の投資やサービス品質に影響する場合がある |
| 製品差別化 | 多様なニーズへの対応、品質やサービスの向上 | ブランドへの囲い込みや乗り換えの難しさが生まれる場合がある |
| 技術・標準化での協力 | 技術開発の促進、互換性や効率性の向上 | 参加できない企業を不当に排除するおそれがある |
| 価格・生産量の協調 | 企業の利益や価格の安定 | 価格上昇や生産量の制限によって消費者が不利益を受ける可能性がある |
| プライス・リーダーシップ | 価格変更が業界内で迅速に伝わる | 競争が弱まる状況では価格が高止まりする可能性がある |
企業同士が協力すれば、常に消費者に不利益が生じるわけではありません。例えば、共通規格の策定や研究開発の共同化によって、新しい技術が普及しやすくなることがあります。一方で、価格をそろえたり、市場を分け合ったりするための協調は、競争を弱め、消費者に不利益をもたらすおそれがあります。
そのため、競争政策では、企業間の関係だけでなく、市場への参入可能性、価格や品質への影響、消費者の選択肢、技術革新への影響などを総合的に見る必要があります。
9. まとめ――競争相手の行動を読むことが、市場の姿を決める
寡占市場では、企業は自社の利益だけを考えて行動しているように見えても、実際には競争相手の反応を織り込んで意思決定しています。生産量を競争手段にするか、価格を競争手段にするかによって市場の結果は変わり、製品差別化は価格競争を和らげる一方で市場支配力を強めることがあります。プライス・リーダーシップやトリガー戦略は、企業間の相互依存が価格や利益の維持にどのようにつながるかを示しています。
また、市場支配力や推測的変動を考えると、企業の規模や数だけでは市場の競争状態を十分に理解できないことが分かります。企業がライバルの行動をどのように予想し、どのような反応を選ぶのかが、価格、供給量、利益、そして消費者の厚生に影響するのです。
産業組織論が明らかにするのは、競争と協調が単純な善悪の対立ではないということです。競争は価格を下げ、革新を促す力になります。協力は技術やサービスの発展に役立つことがあります。しかし、協調が競争そのものを弱めれば、消費者や社会に損失をもたらすこともあります。市場を評価するには、企業がどのように行動しているかだけでなく、その行動が市場全体に何をもたらすのかを見極めることが欠かせません。
