市場経済では、企業が競争を通じて成長し、優れた製品やサービスを生み出すことが期待されています。しかし、企業が成長して市場で大きな力を持つようになると、その力を利用して競争相手を排除したり、価格を高く維持したりする可能性も生まれます。
ここに、競争政策の難しさがあります。企業が合併して大きくなることは、必ずしも悪いことではありません。経営資源を統合すれば、生産費用を削減したり、研究開発を効率化したり、新しいサービスを開発したりできるからです。一方で、合併によって競争相手が減り、消費者が高い価格を受け入れざるを得なくなるなら、市場経済の利点が損なわれます。
競争政策の目的は、企業の成長そのものを妨げることではなく、企業が競争を通じて成長できる環境を守り、独占や不公正な取引による弊害を防ぐことにあります。
その中心となるのが、企業合併の審査、メーカーと販売業者などの取引関係に対する規律、そして独占禁止法を通じた競争秩序の維持です。企業の経営戦略と市場全体の利益が衝突するとき、どのような基準で両者を調整するのかを考えてみましょう。
1. 独占はなぜ問題になるのか
競争相手がいなくなると、企業の行動は変わる
独占とは、ある市場において、商品やサービスを供給する企業が一社だけ、あるいは実質的に競争相手がいない状態を指します。現実には完全な独占は多くありませんが、少数の企業が市場を支配する寡占市場でも、競争が十分に働かない場合には似た問題が生じます。
競争相手がいる企業は、価格を高くしすぎると顧客を奪われる可能性があります。品質が悪ければ、消費者は別の企業の商品に乗り換えます。そのため、企業には価格を抑え、品質を改善し、顧客に選ばれる努力を続ける動機があります。
ところが、競争相手がいない場合、消費者がほかの商品に切り替えることが難しくなります。企業は価格を引き上げても顧客を失いにくくなり、競争市場なら避けられたはずの高価格が維持される可能性があります。
このように、独占の問題は単に「大きな企業が存在すること」ではありません。企業が市場での優位性を利用し、競争による制約を受けずに行動できるようになることが問題なのです。
高価格だけではない、独占の弊害
独占による弊害として、まず挙げられるのが価格の上昇と供給量の減少です。独占企業は、市場価格を自社の利益に有利な水準に設定できる場合があります。その結果、消費者はより高い価格を支払い、商品やサービスを購入できない人も生まれます。
さらに、独占によって競争相手からの圧力が弱まると、企業が品質改善や技術革新に取り組む動機が弱くなる可能性もあります。新しい企業が市場に参入できなければ、既存企業が提供する商品やサービスに不満があっても、消費者は選択肢を持てません。
ただし、独占企業が必ず非効率的であるわけではありません。大規模な設備投資や研究開発が必要な産業では、一社に事業を集約することで費用が下がる場合があります。重要なのは、企業の規模そのものを問題視するのではなく、競争が制限されているか、その結果として価格や品質、技術革新、消費者の選択肢にどのような影響が生じるかを検討することです。
独占の弊害を経済学で考える
独占企業は、一般に、追加的に一単位生産したときの収入である限界収入と、追加的に一単位生産したときの費用である限界費用が等しくなるところで利潤を最大化します。その生産量は、競争が十分に働く場合と比べて少なくなり、価格は高くなることがあります。
この結果、消費者が商品を購入することで得られたはずの利益の一部が失われます。経済学では、このように、独占による生産量の抑制などを通じて社会全体の余剰が失われることを「死荷重」と呼びます。
Demand
限界収益 (MR)
費用 (MC)
死荷重損失
102030405060708020406080数量 (Q)価格 (P)
Qmでは、MR = MCです。次に、独占企業は需要曲線上でPmを設定するため、生産量はQe未満に制限されます。
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独占効率性
独占効率性
グラフで独占の結果と効率的な基準のどちらを強調するかを選択します。比較できるよう、需要曲線、限界収入曲線、限界費用曲線は固定されたままです。
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この考え方からわかるのは、独占の弊害が単に消費者から企業へ所得が移ることだけではないという点です。高い価格のために購入を断念する人が増えると、本来なら消費者と企業の双方に利益をもたらした取引そのものが実現しなくなります。競争政策は、こうした市場の非効率性を抑え、競争がもたらす利益を社会に広く行き渡らせることを目指しています。
2. 企業合併――企業が大きくなることは悪いことなのか
合併は企業が成長するための重要な手段
企業が成長する方法には、自社で工場を建設し、人材を採用し、新製品を開発するなどの「内部的成長」と、ほかの企業を買収したり合併したりする「外部的成長」があります。企業合併や買収は、一般にM&A(Mergers and Acquisitions)と呼ばれます。
M&Aには、事業を短期間で拡大できるという利点があります。自社で新たに事業を立ち上げる場合、技術や人材を獲得し、顧客との関係を築き、販売網を整えるまでに長い時間がかかります。すでに事業基盤を持つ企業を買収すれば、それらの経営資源を一度に取り込むことができます。
たとえば、あるメーカーが新しい技術を必要としている場合、その技術を持つ企業を買収することで、研究開発を一から始めるより早く製品化できる可能性があります。販売網が弱い企業が流通企業を買収すれば、商品の販売先を拡大できるかもしれません。
また、同じ業種の企業同士が統合すれば、生産設備や物流網を共通化し、重複する管理部門を整理することで費用を削減できる場合があります。企業合併は、必ずしも市場支配力を強めるためだけに行われるわけではありません。経営資源を組み合わせて生産性を高めるという、正当な経営上の目的もあります。
合併には三つの基本形態がある
合併は、統合する企業同士の事業上の関係によって、大きく三つに分類できます。
| 合併の形態 | 企業同士の関係 | 具体例 |
|---|---|---|
| 水平合併 | 同じ市場で競争する企業同士 | 自動車メーカー同士、同業の小売企業同士 |
| 垂直合併 | 生産・流通の異なる段階にいる企業同士 | 部品メーカーと完成品メーカー、メーカーと流通企業 |
| 混合合併 | 異なる市場や事業分野の企業同士 | 食品企業と金融関連企業など |
水平合併は、同じ市場で競争している企業同士が統合する形態です。競争相手が減るため、価格を引き上げやすくなったり、残った企業同士が競争を弱めたりする可能性があります。その一方で、生産設備の統合や重複する費用の削減によって、効率が高まることもあります。
垂直合併は、製品の生産から販売に至る異なる段階にいる企業が統合するものです。部品メーカーと完成品メーカーが統合すれば、部品の調達を安定させたり、納期を短縮したりできる可能性があります。しかし、統合企業が競合企業に部品を供給しなくなったり、競合する販売業者に不利な条件を課したりすれば、市場への参入や競争が妨げられるおそれがあります。
混合合併は、異なる市場や事業分野の企業が統合する形態です。事業の多角化や収益源の分散につながる一方、異なる事業分野で得た資金力や顧客基盤を利用して競争相手を排除するような問題が生じないか、検討する必要があります。
合併の問題は「企業の規模」だけでは判断できない
水平合併によって競争企業が減る場合、残された企業が価格を引き上げても、消費者が乗り換えられる選択肢が少なくなる可能性があります。また、合併後の企業が競争相手の動向を把握しやすくなり、明示的な合意がなくても価格競争が弱まることも考えられます。
一方、合併によって生産設備を効率的に利用でき、製造費用が下がるなら、価格の引き下げや品質の改善につながる可能性があります。企業が大きくなったという事実だけでは、消費者にとって良い合併なのか悪い合併なのかを判断できません。
競争政策では、合併によって競争が実質的に制限されるかどうかを検討します。企業の市場シェアや競争相手の数だけでなく、参入のしやすさ、消費者が代替商品に切り替えられるか、合併によって費用削減などの効率化が見込まれるか、といった点が重要になります。
3. 合併の動機と効果――効率化と市場支配力の境界
規模の経済による費用削減
企業が合併する理由の一つは、規模の経済を実現することです。規模の経済とは、生産規模が大きくなるにつれて、製品一単位当たりの平均費用が低下する現象を指します。
工場の建設費、研究開発費、情報システムの導入費などは、生産量が少なくても一定の費用が発生します。複数の企業がそれぞれ同じような設備やシステムを保有している場合、統合によって重複投資を減らし、より多くの製品に固定費を分散できる可能性があります。
本社部門の統合、輸送網の共通化、仕入れの集約、重複する研究開発の整理なども、合併による費用削減の例です。仕入れ量が増えることで、供給業者との交渉力が高まる場合もあります。
ただし、規模の拡大がいつまでも費用削減につながるとは限りません。組織が大きくなれば意思決定が複雑になり、部門間の調整に時間がかかることもあります。異なる企業文化や情報システムを統合するための費用が発生する場合もあります。したがって、合併による効率化は、企業が大きくなったという事実だけではなく、統合後に実際にどのような費用や生産性の変化が生じたかによって評価する必要があります。
市場支配力を獲得するための合併
合併のもう一つの動機は、市場での競争力や支配力を強めることです。競争相手を買収すれば、企業は市場シェアを高めることができます。市場での地位が強くなれば、価格や取引条件を有利に設定しやすくなる可能性があります。
もちろん、市場シェアの拡大そのものが違法というわけではありません。より優れた製品を開発したり、費用を下げたり、顧客の支持を得たりした結果として市場シェアが高くなることは、競争の成果でもあります。
問題になるのは、合併によって競争が実質的に弱まり、企業が消費者や取引先に対して過度に強い立場を得る場合です。たとえば、地域内の主要な販売企業が統合し、消費者がほかの店を選びにくくなれば、価格やサービスの改善を促す競争圧力が弱まるかもしれません。
また、企業は市場支配力の獲得以外にも、事業の多角化、収益の安定化、経営危機にある企業の救済などを目的に合併することがあります。合併の動機は複数あり、表面的な規模の拡大だけでは判断できません。
合併の成果は何を基準に評価するのか
合併の評価では、企業の利益が増えたかどうかだけでなく、費用削減が実現したか、価格や品質にどのような変化が生じたか、研究開発や投資が活発になったか、消費者の選択肢が維持されたか、といった点を考える必要があります。
企業にとって成功した合併であっても、その成功が競争相手の排除や消費者への不利益によって実現しているなら、社会全体にとって望ましいとは限りません。逆に、合併によって生産性が向上し、費用削減の成果が価格低下や品質向上として消費者にも還元されるなら、経済全体に利益をもたらす可能性があります。
つまり、合併の審査は「大企業をつくらないための規制」ではありません。企業の効率化や技術革新の可能性を認めながら、競争を失わせる危険性を見極めるための仕組みなのです。
4. 垂直的取引制限――メーカーと販売業者の関係にも競争政策が必要
取引相手の行動を制約する仕組み
商品は、メーカーが製造して終わりではありません。卸売業者や小売店を経由して消費者に届けられることも多く、部品メーカーと組立メーカーのように、企業同士が生産工程を通じてつながっている場合もあります。
こうした生産・流通の異なる段階にある企業間の取引関係において、一方の企業が相手の価格設定や販売地域、取引先などを制約することがあります。これを「垂直的取引制限」といいます。代表的なものとして、再販売価格維持、テリトリー制、専売店制、抱合せ販売、排他条件付取引などがあります。
垂直的取引制限は、必ずしも常に競争を妨げるとは限りません。メーカーが販売業者に一定の販売条件を求めることで、製品の品質を維持したり、販売員による説明やアフターサービスを充実させたりできる場合があります。
一方、取引条件が競争相手の活動を妨げるように設計されると、消費者が選べる商品や販売店が減り、価格競争が弱まる可能性があります。垂直的取引制限を評価するときも、取引条件があるという事実だけで判断するのではなく、その目的と市場への影響を検討することが重要です。
再販売価格維持――小売店の販売価格をメーカーが決める
再販売価格維持とは、メーカーが卸売業者や小売店に対し、自社製品を一定の価格で販売するよう求め、その価格を維持させることです。一般に「再販」とも呼ばれます。
たとえば、メーカーが小売店に対して「この商品は必ず1万円で販売し、値引きしてはいけない」と求める場合が該当します。小売店が自由に値下げできなければ、店舗同士の価格競争は弱まります。消費者にとっては、安い価格で購入できる機会が減る可能性があります。
一方、メーカーが販売価格を維持することで、小売店が商品説明や実演、アフターサービスに費用をかけやすくなるという議論もあります。ある店舗が丁寧な説明をして顧客を獲得しても、別の店舗が説明の費用を負担せずに値下げすれば、サービスに投資した店舗が不利になることがあるからです。
ただし、こうした効率化の可能性があることと、再販売価格維持が一般に自由に認められることは別問題です。日本では、メーカーが流通業者の再販売価格を拘束する行為は、原則として独占禁止法上の問題となります。著作物など、法律上の適用除外が設けられている場合もありますが、適用範囲は個別の制度に従って判断されます。
テリトリー制――販売地域を限定する
テリトリー制とは、メーカーが販売業者ごとに担当する地域を定め、販売地域を制限する仕組みです。たとえば、ある販売店には北部地域、別の販売店には南部地域を担当させるといった方法です。
地域を限定することで、販売業者が特定地域で広告や顧客対応に投資しやすくなり、メーカーにとっても販売網を管理しやすくなる場合があります。地域の顧客に詳しい販売業者が、商品説明や保守サービスを充実させることも期待できます。
しかし、販売地域の制限が強すぎると、販売店同士が顧客を奪い合う競争が弱まる可能性があります。地域によって価格差が生じても、消費者がほかの地域の販売店から購入しにくければ、価格を引き下げる圧力が働きにくくなります。
専売店制――特定のメーカーの商品を優先して扱う
専売店制は、販売業者が特定のメーカーの商品を専属的に取り扱う仕組みです。メーカーにとっては、販売業者が自社製品の販売やサービスに集中してくれるという利点があります。販売業者が専門知識を蓄積し、顧客対応を充実させやすくなる場合もあります。
その一方で、専売店が競合メーカーの商品を扱えなくなると、競合企業は販売経路を確保しにくくなります。地域の主要な販売店が特定メーカーに囲い込まれれば、新規参入企業が消費者に商品を届けることが難しくなるかもしれません。
したがって、専売店制の評価では、販売サービスの向上という利点だけでなく、競争相手が市場に参入できるかどうかも検討する必要があります。
抱合せ販売――欲しい商品を買うために別の商品も購入させる
抱合せ販売とは、ある商品を購入する条件として、別の商品も一緒に購入するよう求める行為です。たとえば、人気のある製品を購入するために、顧客が本来必要としていない別の商品も購入しなければならない場合が考えられます。
抱合せ販売には、複数の商品を組み合わせて提供することで利便性を高めたり、互換性を確保したりする利点もあります。セット商品や一体型のサービスが、消費者にとって便利な場合もあるでしょう。
問題となるのは、ある商品で強い市場支配力を持つ企業が、その力を利用して別の市場の商品まで購入させ、競争相手を排除するような場合です。たとえば、ある製品を購入するために特定の付属サービスの契約が必須となり、競合するサービスを選べなくなれば、消費者の選択肢や競争相手の販売機会が狭まる可能性があります。
ただし、商品がセットになっているというだけで、直ちに競争上の問題があるとはいえません。技術上の合理性や消費者の利便性、競合企業への影響などを総合的に見る必要があります。
排他条件付取引――競合企業が取引できる相手を減らす
排他条件付取引とは、取引相手に対し、競合企業とは取引しないことなどを条件として課す取引です。メーカーが小売店に「競合メーカーの商品を取り扱わないこと」を求める場合や、供給業者が特定の販売先への供給を制限する場合などが考えられます。
企業にとって、取引相手との長期的な関係を築き、供給や販売を安定させることには意味があります。取引先が設備投資や販売促進に取り組む場合、一定の取引量を確保する約束が投資を促すこともあります。
一方、市場で重要な販売網や原材料の供給源が排他的な契約によって押さえられると、競合企業は顧客や必要な資源を確保できなくなる可能性があります。とくに、代わりとなる取引先が少ない市場では、排他条件が新規参入を難しくし、既存企業の優位性を固定化するおそれがあります。
そのほかの拘束条件付取引
垂直的取引制限には、取引相手の行動にさまざまな条件を付ける形態があります。重要なのは、契約上の条件があるかどうかだけでなく、それによって市場の競争がどのように変化するかという点です。
たとえば、販売方法や取扱商品の範囲を限定する条件が、商品知識やサービス品質を高めるために必要な場合もあります。一方、取引条件が競争相手の販売機会を不当に狭めたり、顧客がほかの商品に切り替えることを難しくしたりする場合には、競争政策上の問題となる可能性があります。
このように、垂直的取引制限は、取引の効率化と競争の制限という二つの側面を持っています。形式だけで一律に評価するのではなく、市場の状況や制限の目的、競争への具体的な影響を調べることが大切です。
5. 競争政策とは何か――独占禁止法による市場のルールづくり
企業の自由な競争を守るための政策
競争政策とは、市場において企業同士の競争が適切に機能するように、競争を制限する行為などを規制し、市場の公正さを維持する政策です。日本では独占禁止法を中心とする制度があり、公正取引委員会がその運用を担っています。
競争政策は、企業の経営活動をすべて行政が管理する仕組みではありません。企業が価格を決め、商品を開発し、取引先を選び、事業を拡大する自由を認めながら、その自由が競争そのものを破壊する方向に使われないようにすることが基本的な考え方です。
企業が競争を通じて優れた製品を生み出し、効率化によって費用を下げ、市場での地位を高めることは、むしろ望ましい結果です。しかし、企業同士が価格を取り決めたり、競争相手を不当に排除したり、市場支配力を利用して取引相手に不利な条件を押しつけたりする場合には、競争政策による対応が必要になります。
日本の独占禁止法が対象とする行為
独占禁止法による規制を理解するうえでは、いくつかの代表的な行為を区別することが重要です。
| 行為・問題 | 内容 | 競争上の懸念 |
|---|---|---|
| カルテル | 企業同士が価格や生産量などを取り決める | 価格競争や供給量をめぐる競争が弱まる |
| 私的独占 | 企業が市場での支配力を形成・利用し、競争を実質的に制限する | 競争相手の排除や市場支配の固定化 |
| 不公正な取引方法 | 不当な取引条件や取引上の行為によって競争を阻害する | 取引先や競争相手の活動が不当に制限される |
| 競争を実質的に制限する企業結合 | 合併や株式取得などによって競争が大きく損なわれる | 企業数の減少や市場支配力の増大 |
ここで注意したいのは、企業が大きな市場シェアを持つことや、競争相手よりも低い価格で販売することが、それだけで違法になるわけではないという点です。企業が効率化によって低価格を実現することは、消費者にとって利益になる場合があります。
競争政策では、企業の行為が市場の競争を実質的に制限しているか、不公正な手段によって競争相手を排除しているかなどを、法令や具体的な市場状況に照らして判断します。
競争政策には事前の規制と事後の対応がある
競争政策には、競争を制限する問題が起きる前に確認する仕組みと、問題が生じた後に対応する仕組みがあります。
企業合併や株式取得などの企業結合については、一定の要件に該当する場合、事前届出などの制度を通じて競争への影響が審査されます。大規模な企業統合が実施された後では、競争環境を元に戻すことが難しくなる場合があるためです。
一方、カルテルや私的独占、不公正な取引方法などについては、問題となる行為を調査し、法令に基づいて必要な措置を講じることがあります。事前の審査と事後の対応を組み合わせることで、競争が損なわれることを防ぎ、市場の秩序を維持します。
もっとも、どのような行為が規制対象となるか、どのような手続きが必要かは、行為の種類や法令上の要件によって異なります。競争政策は単純に「独占を禁止する」というだけではなく、企業の自由と市場の公正さを両立させるための制度なのです。
6. アメリカの反トラスト法と競争政策の発展
巨大企業の登場が競争法を発展させた
競争政策の歴史を考えるうえで、アメリカの反トラスト法(Antitrust Laws)は重要な位置を占めます。19世紀後半から20世紀初頭にかけて、アメリカでは鉄道、石油、鉄鋼などの産業で企業の大規模化や合併が進み、巨大な市場支配力を持つ企業が登場しました。
企業の統合は、規模の経済や効率化を実現する一方、競争相手を排除し、市場を支配する手段にもなり得ます。こうした問題に対応するため、アメリカでは反トラスト法制が整備されていきました。
代表的な法律が、1890年制定のシャーマン法、1914年制定のクレイトン法、同年制定の連邦取引委員会法です。シャーマン法は取引を制限する協定や独占化行為などを対象とし、クレイトン法は競争を損なうおそれのある企業結合などを扱い、連邦取引委員会法は連邦取引委員会(FTC)の設置や不公正な競争方法への対応を定めました。
この法制度の発展は、企業の成長を無条件に抑え込むというよりも、巨大企業が市場での力をどのように利用しているかを問題にしてきた歴史といえます。
企業結合の審査は経済環境の変化に応じて発展する
合併の形態や規制の課題は、時代とともに変化してきました。同じ産業内の企業が統合する水平合併だけでなく、供給網の異なる段階にある企業が統合する垂直合併、異業種間の混合合併も増えてきました。
さらに、電気通信や金融などの分野では、規制緩和や技術変化に伴って企業の再編が進むことがあります。企業統合は、経営の効率化や国際競争力の強化につながる場合がある一方、消費者の選択肢や市場への新規参入を制限する可能性もあります。
そのため、競争政策では、企業の規模や合併の形式だけで判断するのではなく、実際に競争がどう変化するかを分析する必要があります。国際的に事業を展開する企業が増えた現代では、国内市場だけでなく、海外企業からの競争圧力や国際的な供給網も考慮することが重要です。
7. 競争政策の難しさ――企業の成長と消費者の利益をどう両立させるか
大企業だから悪い、小企業だからよい、とは限らない
競争政策を考えるとき、誤解しやすいのは、大企業を小さくすれば市場が必ずよくなるという考え方です。実際には、大規模な設備や研究開発が必要な産業では、ある程度の企業規模がなければ効率的な生産や技術開発が難しい場合があります。
たとえば、半導体の先端製造や新薬の研究開発には、巨額の資金と高度な技術が必要です。企業統合によって研究開発の重複が減り、技術開発が加速することもあります。一方、統合によって競争相手が減り、価格が上昇したり、技術革新への圧力が弱まったりする可能性もあります。
したがって、競争政策が見るべきなのは企業の大きさそのものではなく、企業がどのような方法で競争力を獲得し、その結果、市場や消費者に何が起きるかという点です。
短期的な価格だけでは判断できない
競争政策では価格が重要な指標ですが、価格だけで市場の健全性を判断することはできません。ある企業が短期的に低価格で販売していても、その後に競争相手が市場から退出し、競争が弱まった段階で価格が上昇する可能性があります。
逆に、企業が新しい設備や研究開発に投資することで、短期的には費用が増えても、長期的には品質や生産性が向上する場合もあります。市場の競争状態を判断するには、価格、品質、供給量、技術革新、参入可能性などを複合的に見る必要があります。
また、競争が激しければ必ず社会全体にとってよい結果になるとも限りません。過度な価格競争が設備投資や安全対策への支出を圧迫する場合もあります。ただし、こうした懸念があるからといって、企業同士が価格を取り決めることが正当化されるわけではありません。安全や品質を確保するためには、適切な規制や制度設計など、競争を制限することとは別の方法も検討する必要があります。
デジタル市場では新しい課題も生まれる
現代のデジタル市場では、利用者が増えるほどサービスの利便性が高まる「ネットワーク効果」や、大量のデータを蓄積することによる競争優位が重要になっています。利用者が多いサービスほど新しい利用者を獲得しやすくなり、さらに利用者が増えるという循環が生じることがあります。
このような市場では、先行企業が大きなシェアを獲得すると、後発企業が同等のサービスを提供しても利用者を集めにくくなる場合があります。また、プラットフォームを運営する企業が、自社のサービスを優先的に表示したり、取引先に不利な条件を課したりすれば、競争相手が顧客に接触する機会が制限される可能性があります。
ただし、利用者の多い企業や成功したプラットフォームが存在すること自体を、競争上の問題とみなすことはできません。利便性や技術力によって利用者に選ばれているのか、それとも競争相手の活動を不当に妨げる行為によって市場支配が維持されているのかを見極める必要があります。
この点でも、競争政策の基本的な考え方は変わりません。企業の成功を妨げることではなく、企業が公正な条件のもとで競争し、消費者が選択できる市場を維持することが重要です。
8. まとめ――競争政策は市場経済のルールを守る仕組み
独占の弊害と競争政策を理解するうえで重要なのは、企業の成長と競争の維持を対立するものとして単純化しないことです。企業の合併や大規模化は、費用削減や技術革新を促すことがあります。しかし、市場支配力が強まり、競争相手が排除されたり、消費者の選択肢が失われたりするなら、市場経済の利点が損なわれます。
企業合併では、水平合併・垂直合併・混合合併の違いを踏まえ、競争への影響と効率化の可能性を比較する必要があります。垂直的取引制限では、再販売価格維持、テリトリー制、専売店制、抱合せ販売、排他条件付取引などが、流通の効率化に役立つ場合と競争を妨げる場合を区別することが大切です。
そして、独占禁止法を中心とする競争政策は、企業の経営活動を一律に制限する制度ではありません。企業が工夫や技術革新によって成長する自由を守りながら、カルテルや私的独占、不公正な取引方法、競争を実質的に制限する企業結合などに対応し、公正な競争環境を維持するための制度です。
競争政策が守ろうとしているのは、特定の企業の利益でも、企業規模の均等さでもありません。企業が競争を通じて価値を生み出し、消費者が選択肢を持ち、新しい企業が市場に挑戦できるという、市場経済の基本的な仕組みなのです。
