Contents

1. 福祉国家の役割は、社会的なリスクから人々を守ることにある

誰もが直面するリスクを、個人の責任だけに任せてよいのか

私たちの生活は、さまざまなリスクに囲まれています。病気になって働けなくなること、失業によって収入を失うこと、年齢を重ねて介護が必要になること、子育てのために仕事を続けにくくなること。こうした出来事は、本人の努力だけでは避けられない場合があります。

もちろん、貯蓄をしたり、民間保険に加入したり、家族や知人と助け合ったりすることで、リスクに備えることはできます。しかし、どれほど準備をしていても、長期の失業や重い病気、家族の介護などによって、個人や世帯の力だけでは対処できなくなることがあります。

そこで重要になるのが、社会全体でリスクを引き受けるという考え方です。社会保障、医療保険、年金、失業給付、子育て支援などは、個人が抱え込むには大きすぎるリスクを共同で管理する仕組みです。

ここでいう「社会的なリスク」とは、単に不運な出来事を意味するのではありません。社会の構造や制度、経済活動、人口構成などによって生み出され、個人だけでは十分に対処できないリスクを指しています。

たとえば、工場の生産設備が自動化され、ある職種の労働者が必要とされなくなる場合を考えてみましょう。仕事を失った人が新しい技能を身につけられるかどうか、生活費を確保できるかどうか、再就職先が地域に存在するかどうかは、本人の努力だけでは決まりません。技術革新の恩恵を社会全体が受ける一方、その変化による負担は特定の労働者に集中することがあります。

社会的なリスクを管理するという考え方は、こうした負担の偏りをどう緩和し、社会全体の安定につなげるかという問題でもあるのです。

平等は、福祉政策の目的なのか、それとも結果なのか

福祉国家をめぐる議論では、平等をどのように実現するかが大きなテーマになります。ただし、平等といっても、その意味は一つではありません。

社会保険のように、保険料を納めた実績や職業上の地位に応じて給付を受ける仕組みでは、個人の貢献や権利を尊重する考え方が重視されます。一方、普遍主義的な制度では、職業や所得によって人々を細かく区別するのではなく、幅広い人々に共通の保障を提供しようとします。

また、所得が少ない人や生活に困っている人を選び出し、重点的に支援する方法もあります。これは限られた資源を必要性の高い人に振り向ける考え方ですが、支援を受ける人と受けない人との間に境界線をつくりやすいという特徴もあります。

つまり、福祉政策は単にお金を再分配するだけではありません。誰を支援の対象とするのか、何を平等にするのか、どこまでを社会全体の責任と考えるのかという、社会の基本的な価値観を反映しています。

社会的なリスクに注目すると、福祉国家の違いをより具体的に理解できます。リスクを誰が負担し、どのような人々が保護され、その結果としてどのような格差が生まれるのか。そこに、それぞれの社会が考える平等の姿が表れるのです。

2. 福祉国家は、社会政策を実施するだけの国家ではない

社会政策と福祉国家は、同じものではない

貧しい人に食料を配ること、病気になった人を救済すること、困窮した人に年金や給付金を提供することは、近代国家が成立する以前から行われてきました。宗教団体、地域共同体、職業集団、慈善家、王権なども、さまざまな形で人々の生活を支えてきたのです。

こうした活動は、広い意味での社会政策と考えられます。しかし、社会政策が存在することと、福祉国家が成立していることは同じではありません。

福祉国家という考え方が重要なのは、社会保障の制度を整えるだけでなく、国家と市民との関係を組み替えることにあるからです。人々は単に統治され、困窮したときに慈善を受ける存在なのではなく、社会の一員として一定の権利を持ち、その権利を公的な制度によって保障される存在になります。

社会学者のT・H・マーシャルは、こうした考え方を「社会的シティズンシップ」という概念によって論じました。市民としての権利には、政治参加や法的な自由だけでなく、社会の一員として一定の生活水準を保つための社会的権利も含まれるという考え方です。

この視点に立てば、福祉国家は、貧困に陥った人を事後的に救済するだけの仕組みではありません。失業や病気、老後の生活などによって市民としての生活が損なわれないよう、社会の基盤を整える制度でもあります。

戦後の福祉国家は、特定の歴史的条件のもとで発展した

現代の福祉国家は、長い歴史のなかで自然に完成したものではありません。19世紀末の社会保険制度などを前史としながら、20世紀の大恐慌、戦争、労働運動、民主主義の発展などを背景に、1930年代から1960年代にかけて大きく形づくられました。

とりわけ戦後の福祉国家は、工業化された社会のあり方と深く結びついていました。多くの人々が企業に雇用され、賃金を得て生活し、男性が主な稼ぎ手となる家族が一般的なモデルとされていました。年金や失業保険などの制度も、安定した雇用と家族生活を前提に設計される傾向がありました。

こうした仕組みは、工業社会で広く見られたリスクに対処するうえで一定の効果を発揮しました。しかし、家族の形態や働き方が変わり、女性の就業が拡大し、雇用が不安定になると、従来の制度では対応しにくい問題が増えていきます。

ここで重要なのは、福祉国家を永遠に変わらない完成形と考えないことです。福祉国家は、ある時代のリスクに対応するためにつくられた制度であり、社会の条件が変われば、その制度が前提としていた家族像や雇用像も見直す必要があります。

3. 福祉を支えるのは、国家・市場・家族の三つの仕組みである

国家だけでも、市場だけでも、人々の暮らしは支えられない

社会的なリスクを管理する仕組みを理解するうえで重要なのが、国家、市場、家族という三つの領域です。人々の生活を支える福祉は、政府の給付や公共サービスだけから生まれるのではありません。仕事による収入、民間保険、家族による介護や育児なども、暮らしを支える重要な要素です。

ただし、三つの領域は同じ原理で動いているわけではありません。

国家は、法律や公的制度を通じて税や保険料を集め、給付やサービスを再分配します。市場は、賃金、価格、契約、保険商品などを通じて資源を配分します。家族は、愛情や責任、互恵性、世代間の助け合いなどを通じて、所得だけでは測れない支援を提供します。

たとえば、高齢者が自宅で生活を続ける場合、年金という公的な所得保障、介護サービスという公的または市場を通じたサービス、家族による見守りや日常的な支援が組み合わさっていることがあります。いずれか一つだけで生活を支えられるとは限りません。

ここで注意したいのは、三つの領域が互いに簡単に代替できるわけではないということです。市場で介護サービスを購入できても、信頼できるサービスが近くにあるとは限りません。家族が介護を担えるとしても、家族自身に仕事や健康上の事情があれば、十分な支援を提供できないことがあります。国家が給付を行っても、個々の家庭に必要な支援をすべて直接提供できるわけではありません。

福祉を考える際には、国家・市場・家族のどれか一つを理想化するのではなく、それぞれが何を担い、どこで限界に直面するのかを理解する必要があります。

家族の無償労働は、社会の福祉を支えている

家族は、単に人々が休息し、愛情を育む場所ではありません。食事の準備、育児、病人の看護、高齢者の介護など、生活を維持するための多くの仕事を担っています。これらの仕事の相当部分は、賃金が支払われないまま行われています。

この点を見落とすと、福祉の実態を正確に把握できません。たとえば、介護サービスの公的支出が少ない国でも、家族が多くの介護を担っていれば、生活上のニーズが満たされているように見えるかもしれません。しかし、実際には家族の誰かが仕事を辞めたり、勤務時間を減らしたり、自分の健康や生活を犠牲にしたりしている可能性があります。

つまり、公的な支出が少ないことは、社会が負担している福祉の総量が少ないことを必ずしも意味しません。公的な制度に現れない負担が、家族、とりわけ女性に集中している場合があるからです。

家族による支援は大切ですが、それを無限に利用できる資源と考えることはできません。家族構成が小さくなり、単身世帯が増え、共働きが一般化すれば、以前と同じように家庭内の支援に依存することは難しくなります。

公的サービスは、家族と市場にも影響を及ぼす

国家による福祉の提供は、家族や市場に残された仕事を肩代わりするだけではありません。社会全体の経済活動にも影響を与えます。

たとえば、利用しやすい保育サービスが整備されれば、子育て中の人が働き続けやすくなります。保育を家族だけで担う必要が小さくなれば、就業の選択肢が広がり、家計の所得も変わります。保育サービスを提供する側にも雇用が生まれ、関連する消費が増える可能性があります。

介護でも同じことが考えられます。家族が介護のために仕事を辞めざるを得ない状況が減れば、本人の所得や職業経験を維持しやすくなります。企業にとっても、経験を積んだ従業員の離職を防ぎやすくなります。

このように、公的福祉は単なる支出ではありません。家族がどのように生活するか、市場でどのような経済活動が行われるか、誰が働き続けられるかを変える仕組みでもあります。

4. なぜ社会的なリスクを、社会全体で管理する必要があるのか

個人のリスクが、社会全体の問題に変わる

ある人が失業した場合、最初に影響を受けるのは本人と家族です。しかし、失業が広がれば、消費が減り、企業の売上が落ち、地域経済が弱まり、税収にも影響が及びます。

また、失業した人が十分な所得を得られず、必要な医療や教育を受けられなくなれば、その影響は長期に及ぶ可能性があります。子どもの学習機会が損なわれたり、健康状態が悪化したりすれば、将来の就業や所得にも影響が残ります。

このように、個人に起きた出来事が、多くの人々や社会制度に影響を及ぼすとき、リスクは社会的な性格を持ちます。

社会的なリスクを公的に管理することには、困窮した人を救済するだけでなく、社会の安定性や経済の持続性を保つという意味があります。人々が失業や病気を恐れて、あらゆる変化を拒むようになれば、技術革新や産業転換も進みにくくなるでしょう。一定の所得保障や再就職支援があれば、仕事を失った人が新たな職業に挑戦する余地も生まれます。

市場には、リスクを公平に扱えないという限界がある

民間保険や貯蓄は、リスクへの備えとして重要です。しかし、市場を通じた仕組みだけでは、社会的なリスクを公平に管理できない場合があります。

第一に、リスクの大きさによって、保険に加入できるかどうかや、保険料の負担が変わることがあります。健康状態が良好で、安定した収入がある人は保険を利用しやすくても、病気を抱える人や所得の低い人にとっては、必要な保障を確保することが難しい場合があります。

第二に、将来のリスクを正確に予測することは困難です。若いときには、自分が何歳で病気になるのか、どのような仕事が技術革新によって失われるのか、家族の介護がいつ必要になるのかを正確には予測できません。情報が不足していたり、専門的な知識がなかったりすれば、必要な備えを十分に選べないこともあります。

第三に、社会的なリスクのなかには、本人が努力しても回避しにくいものがあります。景気後退による大量失業や、地域の主要産業の衰退などは、個人が保険や貯蓄だけで解決できる問題ではありません。

こうした限界があるため、社会全体でリスクを分担する制度が必要になります。公的な制度には、民間市場だけでは引き受けにくいリスクを共同で管理し、保障へのアクセスを広げる役割があります。

ただし、これによって市場が不要になるわけではありません。市場にも、雇用や所得を生み出し、個人の選択肢を広げる役割があります。問題は市場か国家かという単純な二者択一ではなく、どのようなリスクを、どのような仕組みで管理するのが適切かということです。

5. 社会的なリスクには、三つの大きな種類がある

社会的なリスクは、誰に、いつ、どのように集中するのかという観点から、大きく三つに整理できます。それぞれの特徴を理解すると、なぜ一律の福祉政策だけでは不十分なのかが見えてきます。

階級的リスク――社会的な立場によって、危険の大きさが違う

階級的リスクとは、職業や所得、社会階層などによって、直面するリスクが不平等に分布していることを指します。

たとえば、危険な作業を伴う職業に就く人は、職業上のけがや健康被害を受ける可能性が高くなる場合があります。雇用が不安定で、技能を他の仕事に移しにくい人は、失業した際に長期の所得減少に直面する危険も高まります。

また、ひとり親世帯など、家計を支える人が限られている世帯では、失業や病気が家計全体に及ぼす影響が大きくなることがあります。

こうしたリスクは、単に本人の能力や努力の差によって生じるのではありません。職業上の条件、労働市場の構造、社会保障の仕組みなどが関係しています。

階級的リスクへの対応では、危険の大きい人々をどのように保護するかが問題になります。同時に、特定の集団だけにリスクを集中させる社会構造そのものをどう変えるかという課題もあります。

ライフ・コースにおけるリスク――人生の時期によって、必要な支援は変わる

人生の各段階では、収入と支出、働く能力、必要とするサービスが異なります。子どもがいる若い世帯は、教育費や住居費などの支出が大きくなりやすい一方、所得がまだ十分でない場合があります。高齢期には、退職によって賃金収入が減り、医療や介護の必要性が高まることがあります。

家族のなかで互いに支え合ったり、現役時代に貯蓄したりすることは、こうした変化への備えになります。しかし、所得が低く貯蓄する余裕がない世帯や、家族による支援を期待できない人々にとっては、自己準備だけで対応することが難しくなります。

戦後の福祉国家は、年金による高齢期の所得保障や、子どもを育てる家庭への支援などを発展させてきました。一方、従来の制度は、安定した男性稼ぎ手と家族による無償の育児・介護を前提にする傾向がありました。そのため、女性の就業や育児休業、仕事と介護の両立など、従来のモデルから外れるニーズへの対応が遅れた面があります。

現代では、若年層の雇用不安、非正規雇用、転職、離婚、介護離職など、人生のさまざまな段階でリスクが生じます。支援を子どもと高齢者だけに限定するのではなく、働く世代も含めたライフ・コース全体を考えることが重要です。

世代間リスク――不利な条件が、親から子へと引き継がれる

社会的なリスクは、同じ世代のなかだけでなく、世代を超えて引き継がれることもあります。

家庭の所得が低ければ、子どもが利用できる教育資源や学習環境が限られる場合があります。その結果、進学や就職の選択肢が狭まり、将来の所得や雇用の安定性にも影響が及ぶことがあります。こうして、貧困や不利な社会的条件が次の世代へと伝わっていく可能性があります。

もちろん、親の所得が低いからといって、子どもが必ず同じ状況になるわけではありません。しかし、家庭の経済状況や社会的なつながりが、教育や職業の機会に影響することは重要な問題です。

世代間リスクへの対応では、生活費を保障するだけでなく、教育や保育、健康、住環境など、人生の可能性を左右する資源にアクセスできるようにする必要があります。

ここでは、「結果を平等にすること」と「機会を平等にすること」の関係が問われます。すべての人の結果を同じにすることは現実的ではありませんが、家庭環境によって挑戦する機会そのものが大きく制限されないようにすることは、福祉国家の重要な課題です。

6. リスクを分かち合う方法によって、福祉国家の性格は変わる

残余的な福祉――困窮した人を選んで支援する

福祉国家には、支援を必要とする人を選び出し、その人々に重点的に給付やサービスを提供する考え方があります。これは残余的なアプローチと呼ばれます。

この仕組みには、限られた財源を、最も支援を必要とする人に集中できるという利点があります。一方、支援を受けるために所得や資産の審査が必要になる場合があり、利用することへの心理的な抵抗や、制度から漏れてしまう問題が生じることもあります。

また、社会の多数派が自分たちとは異なる人々のための制度だと認識すると、給付水準の維持や制度の拡充に対する支持が弱くなる可能性があります。支援を受ける人と受けない人との間に境界が生まれ、社会の分断につながることも考えられます。

職業別の福祉――同じ職業上のリスクを、集団で分担する

もう一つの方法は、職業や社会的身分などに応じてリスクを分担する仕組みです。社会保険を職業集団ごとに整備する制度などが、この考え方と結びついています。

同じ職業に就く人々は、似たような働き方やリスクを抱える場合があります。職業集団を単位に保険を運営すれば、共通するニーズに対応しやすくなります。また、職業集団や労働組合などの組織が、制度を支えるための政治的な力を発揮することもあります。

ただし、職業によって給付や保障に大きな違いが生まれれば、社会保障が既存の階層差を維持する可能性もあります。安定した職業に就いている人が手厚い保護を受ける一方、非正規雇用者や失業者、自営業者などが十分な保障を得られないとすれば、リスクの不平等は解消されません。

普遍主義的な福祉――幅広い人々が共通の制度を利用する

普遍主義的なアプローチは、特定の貧困層や職業集団だけでなく、幅広い人々を共通の制度のもとで支えようとする考え方です。国民を広く対象とする年金、医療保障、家族手当などが、その具体例として挙げられます。

普遍主義の強みは、誰もが利用者になり得るため、社会保障を一部の人だけの問題にしにくいことです。多くの人々が制度の恩恵を受けることで、制度を維持するための政治的な支持も広がりやすくなります。また、リスクを広く分かち合うことで、特定の人々に負担が集中するのを緩和できます。

ただし、普遍主義的な制度にも課題があります。すべての人に同じ給付を提供するだけでは、支援の必要性が特に高い人に十分なサービスが届かない場合があります。普遍的な基盤を整えながら、個々の状況に応じた追加支援をどう組み合わせるかが重要です。

三つのアプローチは、単純にどれか一つが正しく、他が間違っているという関係ではありません。重要なのは、どのようなリスクを対象とし、どのような連帯を形成し、誰が制度を支えるのかという組み合わせです。

7. 「脱商品化」と「脱家族化」から、福祉国家を考え直す

脱商品化――市場で働けなくなっても、生活を維持できるか

福祉国家を理解するうえで重要な概念の一つが「脱商品化」です。これは、個人が労働力を市場で売ることが難しくなった場合でも、一定の生活を維持できる程度を考えるための概念です。

たとえば、病気や失業、老後などによって賃金収入が途絶えたとき、公的な給付や社会サービスによって生活を支えられるなら、生活のすべてを市場での就労に依存せずに済みます。

この考え方は、労働市場への参加そのものを否定するものではありません。むしろ、生活の基盤が賃金収入だけに左右されないようにすることで、人々が不利な条件を無条件に受け入れなくてもよくなる、という意味を持っています。

しかし、脱商品化という考え方だけでは、福祉国家の働きを十分に捉えられません。従来の議論は、安定した雇用に就く男性労働者を標準的なモデルとしがちでした。賃金労働から離れても生活できるかどうかを考える一方、そもそも賃金労働に十分参加できない人々の生活保障を見落とす可能性があったのです。

脱家族化――家族に頼らなくても、生活に必要な支援を得られるか

そこで重要になるのが「脱家族化」です。これは、個人が家族の経済力や無償のケアに過度に依存せず、自分の生活に必要な資源やサービスを利用できる程度を示す考え方です。

たとえば、保育サービスが十分に整備されていれば、母親が育児をすべて一人で担わなくても、働き続けたり、教育を受けたりする選択肢を持ちやすくなります。介護サービスが利用できれば、家族が介護を理由に仕事を辞める可能性を減らせます。

ここでのポイントは、家族を大切にしないという意味ではないことです。家族の助け合いは重要ですが、家族の支援を受けられるかどうかによって、個人の生活や経済的自立の可能性が大きく左右される状態を緩和しようという考え方です。

脱商品化と脱家族化は、似ているようで異なります。脱商品化は市場への依存を弱めることに重点を置き、脱家族化は家族への依存を弱めることに重点を置きます。両者を組み合わせて考えることで、個人が市場と家族の双方にどの程度依存しているのかを理解できます。

福祉国家の制度は、ジェンダー関係にも影響を与える

福祉国家のあり方は、男女の役割分担とも深く関係しています。

男性が賃金を得て家計を支え、女性が家事や育児、介護を無償で担うというモデルを前提にすれば、男性の雇用と所得を保障する制度は、家族全体の生活を支えるものになります。しかし、女性自身の経済的自立や就業継続が十分に支援されなければ、女性は配偶者の所得や家族関係に依存せざるを得ない場合があります。

一方、保育、介護、育児休業、就業支援などが整備されれば、女性も賃金労働に参加しやすくなります。これは女性の所得を増やすだけでなく、家族内の役割分担や、離婚・失業などの出来事が生活に及ぼす影響も変える可能性があります。

ただし、女性の就業機会が広がったとしても、家事や介護の負担が同じように軽減されなければ、仕事と家庭の二重負担が残ります。就業を促進するだけでなく、無償のケアをどのように分担し、支えるかを考えなければなりません。

この点からも、福祉国家は所得保障だけの制度ではありません。人々がどのように働き、家族を形成し、ケアを担い、経済的に自立するかという生活全体の条件に影響を及ぼしているのです。

8. ポスト工業社会では、従来の福祉国家の前提が揺らいでいる

工業社会のリスクに対応した制度では、十分に守れない人々がいる

戦後の福祉国家は、工業労働者の失業、労働災害、老後の所得減少など、当時の社会で重要だったリスクに対応する形で発展しました。安定した雇用と家族生活を前提にした制度は、多くの人々に一定の保障を提供してきました。

しかし、ポスト工業社会への移行によって、雇用や家族のあり方は変化しています。製造業の雇用が減少し、サービス業の比重が高まると、職業や賃金の構造も変わります。技術革新や産業構造の転換によって、長年の経験を積んだ人でも、それまでの仕事を続けられなくなることがあります。

また、非正規雇用や不安定な働き方が広がると、雇用を通じて社会保険に加入し、安定した給付を受けるという従来のモデルから外れる人々が増える可能性があります。家族の形も多様化しているため、配偶者や子ども、親族からの支援を当然の前提にすることも難しくなっています。

こうした変化は、従来の制度が不要になったことを意味するわけではありません。むしろ、以前の制度がうまく対応していたリスクに加えて、新たな条件のもとで生まれるリスクにも対処する必要があるということです。

福祉国家は、リスクの変化に合わせて組み替えられなければならない

福祉国家の課題は、給付を増やすか減らすかという財政上の問題だけではありません。どのような人々がリスクに直面しているのか、どの制度がそのリスクを引き受けているのか、そして既存の制度から漏れている人々がいないかを見直す必要があります。

たとえば、失業への対応を考える場合、失業給付を支給するだけでは十分でないことがあります。職業訓練や再就職支援、生活の安定、地域の雇用機会などを組み合わせなければ、長期的な生活再建につながりにくいからです。

子育てや介護についても、現金給付だけでなく、利用できるサービスの有無や費用、働き方との両立が重要になります。制度が存在していても、必要なときに利用できなければ、実際のリスクを十分に軽減できません。

社会的なリスクは、個人の生活、家族のあり方、労働市場、経済全体にまたがっています。そのため、福祉国家の再構築には、所得保障、社会サービス、教育、雇用政策などを連動させる視点が必要になります。

9. 福祉国家を考えることは、社会の責任の範囲を考えること

誰のリスクを、誰が、どのように引き受けるのか

社会的なリスクをめぐる問題は、単に困っている人を助けるかどうかという問いではありません。どのようなリスクを社会全体で引き受けるのか、個人や家族にどこまで責任を求めるのか、そして負担をどのように分配するのかという、社会の基本的な設計に関わっています。

市場に任せれば、価格や競争を通じて効率的な資源配分が期待できる一方、支払い能力の乏しい人が必要なサービスを得られないことがあります。家族に任せれば、身近で柔軟な支援が可能になる一方、家族の構成や関係、経済状況によって支援の量や質に大きな違いが生まれます。国家が担えば、広くリスクを分かち合える可能性がありますが、制度の設計や運営、財源の確保が課題になります。

したがって、福祉国家を評価するときには、政府支出の大きさだけを見るのでは不十分です。誰が実際にケアを担っているのか、どのような人が制度から取り残されるのか、社会保障が働く機会や経済的自立を支えているのかといった点も重要です。

平等と連帯は、制度の組み合わせによって形づくられる

福祉国家には、困窮した人を重点的に支える仕組み、職業集団を単位に保障を行う仕組み、幅広い人々を共通の制度で支える仕組みなど、さまざまな形があります。それぞれに利点と課題があり、どの制度を選ぶかによって、社会的なリスクの分配や人々の連帯のあり方が変わります。

さらに、社会保障は、所得を再分配するだけではなく、教育や雇用、家族生活の可能性にも影響を及ぼします。市場で働けないときにも生活を維持できること、家族の支援だけに頼らずに育児や介護を行えること、家庭環境によって将来の機会が過度に制限されないこと。これらは互いに関連した課題です。

ポスト工業社会においては、従来の福祉国家が前提としてきた雇用や家族のモデルが変化しています。だからこそ、社会的なリスクを誰が負担しているのかを改めて捉え、国家・市場・家族の役割を組み直す必要があります。

福祉国家の本質は、政府が多くのお金を使うことだけにあるのではありません。人々が予測できない出来事に直面しても生活を立て直し、社会の一員として参加し続けられるようにすることにあります。そのために、どのリスクを共同で管理し、どのような連帯をつくるのか。それが、福祉国家を考えるうえでの中心的な問いなのです。